teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. 全力全開(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


Re: 御書読みの御書知らず

 投稿者:wAPSWOTkWKjwFK  投稿日:2012年 4月24日(火)14時58分16秒 83.138.170.121
返信・引用
  > No.58[元記事へ]

Stay infomrtaive, San Diego, yeah boy!
 
 

Re: じゃね やすゆき先生

 投稿者:SZhKgjNZXwy  投稿日:2012年 4月24日(火)13時21分36秒 207.156.62.15
返信・引用
  > No.24[元記事へ]

I like to party, not look articles up oinnle. You made it happen.
 

強姦豚作に反省なし。

 投稿者:信濃町破防法適用  投稿日:2011年 3月 3日(木)02時15分9秒 FL1-220-102-56-116.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  あんたこれを、どう考えるのか?。

供養収奪 池田創価学会 本部役員上層部の事だよね?。

四谷税務署の公示ぐらい見ろよ。(笑)
 

国賊 強姦作 

 投稿者:信濃町破防法適用  投稿日:2011年 3月 3日(木)01時57分50秒 FL1-220-102-56-116.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  総別の二義 血脈相丞 否定誹謗する 謗法者団体

顕正会 池田創価学会 正信会(日蓮実宗 日蓮真宗)


必ず 歴代上人様 謗って 自前の複写『形木本尊』 作成するんだよ。

延山 五老僧からしてそうなんだよ。

「木絵の二像は本と草木にて有り、然るを生身の妙覚の仏と開眼したまふ事は

 大事至極の 秘曲なり、日蓮聖人乃至日因に至る迄、三十一代累も乱れず相伝是れ也」

                        『第三十一世日因上人御消息』

「金口血脈には宗祖己心の秘妙を垂示し

 一切衆生成仏を 所期する本尊の活眼たる

 極意の相伝あり」『(法之道)第五十六世日応上人』




下付された 御隠尊日顕上人猊下様の御形木御本尊 回収 して 学会掛軸に交換

させて、その後 御宗門に返さず 学会本部組織どうしたんですか?

当方 では 日達上人様の 御形木御本尊 15~16年前位に

回収 交換 させられましたよ。

日達上人様の 御本尊 学会組織どうしたんですか?。



『およそ謗法とは 謗仏 謗僧なり 三宝一体なるゆへなり』 「真言見聞」
 

これも拝んどけば?、学会相貌正則論

 投稿者:信濃町破防法適用  投稿日:2011年 3月 3日(木)00時46分31秒 FL1-220-102-56-116.osk.mesh.ad.jp
返信・引用
  あんたこれを、どう考えるのか?。

第64世日昇上人猊下様『お守り御本尊様』は、

板に刻んで模刻させて 不特定多数の 檀信徒 会員に拝ませるための御本尊ではないよ。

論より証拠!


模刻本尊 信徒 会員が 拝んで 開眼が出来るのか?
 

世界中の紳士の頭を整えるシゲの店

 投稿者:Truefitt&Hill  投稿日:2009年 1月29日(木)12時26分36秒 proxy2107.docomo.ne.jp
返信・引用
  滋賀県道194号柳川能登川線
邪宗の寺が一カ所にまとまっている
田中和子着物教室
琵琶湖方面に向かって
あったかホーム鳥仲の角を左折


なんだろ?
 

しばらく空きました。

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 3月10日(土)12時35分37秒 KD125028011079.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  私も私なりにその文書の現物を探してみましたが、ありませんでした。
ということは、本当はどう書いてあったか分からないのだから論評しようがないですね(苦笑)。

それと、私が例としてあげた御書のツッコミどころはそこではなくて、つまりあの御文は血脈相承について言われたものではない、ということです。
それを血脈相承が大事だ、とする文証とするあたりが、「切り文」なのです。
 

よしゆきさん☆こんにちは

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月26日(月)11時07分31秒 d57.HosakaFL30.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 阿部さんも書いていらっしゃいますが、あれは邪義破折班作成の文書ですよね?
> 血脈の話だとおっしゃる理由もよくわかりません。


 後で紹介した文はたしかに邪義破折班の作成されたものです。
 「心に入れぬ人にはいはぬ事にて候」の御文について、同趣旨の説明をされていたので引用、ご紹介申しあげました。
 また、邪義破折班作成の文書とあわせて見れば、「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」における「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです」の文の「謗法となる」ものとは、「血脈相伝の大事」に関わる事項であると理解した次第です。
 ただし、これに関してはケ~ン氏が「宗務院が『汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく』といったのではありません 大月天さんの発言です 法門=大法の相伝 なんて 宗門も言っていませんね」と言っておられましたね。
 しかし、彼は、(私は当該冊子を持っておりませんので)「該当部分のページをスキャンまたは撮影して、『古文研究会』に貼り付けてもらえますか?」とお願いしたことに対して無視をされましたので、彼の言ったことが事実かどうか判断できずにいます。
 よしゆきさんはお持ちですか?<「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」



> 「信」についてですが、行学により深まるものが信であり、「疑ってはならない」から出発するものではないと思います。


 おっしゃることはその通りです。
 ただ、信のなき行・学では、正しく仏法を知ることはできず、当然仏果を成ずる事はできないということを申しあげているのです。
 と、申しあげても理解できなくて当たり前ですが。


> 私も御書は詳しくないです。
> ただ、例えば「当世の学者は血脈相承を習い失う故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり」の続きには、
> 「然りと雖も汝が志神妙なれば其の名を出すなり」
> 「一言とは妙法是なり」
> とあり、決して秘密にされているわけではないのです。
> それを文証として引用するのが「切り文」なんです。


 「汝が志神妙なれば」とは、「あなたは信心があるので」ということですよ(^^)


> それと、阿部さんはツッこんでおられませんが、その「三宝」の立て分けはおかしいですよ…。


 これでよいのです。
 

困りましたね…

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月24日(土)12時57分33秒 KD125028013123.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  ケ~ンさんにお聞きします。
私が学会員ではない可能性は、何パーセントくらいだとお
ですか?
まさかそんなところを疑われるとは思わなかったので、非常に心外に思っています。

さて、本題です。
私が引用した「退転者でも持っているかもしれない」講義本ですが、監修は池田先生ですよね?
しかも本として出す以上、相応のチェックがあったものと思います。

それを「素人」の我々が「正しいかどうか議論する」というのはあまりにおこがましいことだと考えます。

従って私の主張は以下の通りです。

「報恩抄送文の解釈は、やすゆきさんや講義本とほぼ同じ」
「ただし、それが『学会員に法門を言うことは謗法となる』という主張の根拠とはならない」
「理由としては、この御文は背景を抜きに解釈はできず、背景から言えば『謗法となるから』との理由は不適切だから」
「また、理由としては、ここでいう法門とは三大秘法であると拝せられ、血脈のこととは考えられないから」

以上です。

これで何故ケ~ンさんにいろいろ質問されるのか、さっぱりわかりません。
 

追加 よしゆきさんへ

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月24日(土)09時52分44秒 218-251-42-112.eonet.ne.jp
返信・引用
  携帯からの画像ですね(笑)

※それと、阿部さんはツッこんでおられませんが、その「三宝」の立て分けはおかしいですよ

ええ
それはわかっていますが
論点がぼやけるので「放置」です プププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!

法華講員がよくつかう法論泥沼の手口です。

あくまで「法門をとくのは”謗法”なのか」がテーマですから

http://fboybbs.dip.jp/

 

Re: あ 念のため

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月24日(土)09時46分17秒 218-251-42-112.eonet.ne.jp
返信・引用
  >  君、法華講と違うよ(爆笑)

私は法華講じゃありませんが (〃^∇^)o_彡☆あははははっ

まぁちょっとスレ違いですが

その後の分析で 麻畝広布=鶴太郎 が臭いますね
根拠ですか?

はい どうぞ(笑)



<!-- Remote Host: z33.220-213-66.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1128686771 -->
某御住職様の体験発表  投稿者:麻畝広布  投稿日: 9月28日(水)20時53分6秒
<!-- Remote Host: z211.219-127-59.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1127908386 -->
地方部総会体験発表原稿①  投稿者:いなほビッグワン  投稿日: 9月28日(水)20時43分9秒
<!-- Remote Host: z211.219-127-59.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1127907789 -->
創価学会脱会体験談(体験発表者=通りすがりさん)  投稿者:鶴太郎  投稿日: 9月28日(水)20時37分19秒
<!-- Remote Host: z211.219-127-59.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1127907439 -->
【書籍館&体験発表館】  投稿者:管理人  投稿日: 8月12日(金)23時37分22秒
<!-- Remote Host: z36.211-132-147.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1123857442 -->
開目抄新偏524  投稿者:宝  投稿日: 5月19日(木)22時51分6秒
<!-- Remote Host: z63.220-213-82.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1116510666 -->
五月度御講…妙一女御返事 (一四九九頁)  投稿者:鶴太郎  投稿日: 5月19日(木)22時52分30秒
<!-- Remote Host: z63.220-213-82.ppp.wakwak.ne.jp, Time: 1116510750 -->
御講立正安国論 新編247~248  投稿者:突撃男  投稿日: 5月19日(木)22時49分54秒
<!-- Remote Host: z63.220-213-82.ppp.wakwak.ne.jp, Time

http://fboybbs.dip.jp/

 

ご丁寧にありがとうございます

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月24日(土)09時34分34秒 218-251-42-112.eonet.ne.jp
返信・引用
  ※私は御文の解釈ではケ~ンさんに異議を唱えてますので
※ちなみに引用したのは、
「日蓮大聖人御書十大部講義 第五巻 報恩抄」の402ページ


たしかに 確認いたしました。

かの講義集はウチにもありまして昭和39年が初版のものですよね
現在では絶版ものの貴重品です


退転された人でも持っておられる書籍でしょう
もしかして坊さんもつかってるかもしれません。

ただしそれが「本当に正しいのか」を議論しておるわけであります。
簡単にいえば
日蓮正宗宗務院のいう学会員(それに限ったわけではありませんが)

やすゆきさんも よしゆきさんも 私も 古文においては素人どうぜんです。
なにを言っても、個人の主張ですよ(笑)

日蓮正宗のよくつかうキリ文方式はさておいて

かの講義集の「(法門)はかるがるしくいうべきではない」という解釈なら

その「かるがるしく」はどの部分にあてはまるとおもいます?





※私が破邪顕正館に行かないのは、私は御文の解釈ではケ~ンさんに異議を唱えてますので、あまりよくないかと思いまして


それならば富士宮ボーイにおいでください
たくさん学会員さんが集まっておられます。
ワシに異議を唱えるから・・なんて遠慮なさらず

だれでも間違う可能性はありますしワシも否定はしません。
むしろこういった議論は闊達にするべきじゃないのでしょうか(笑)

むこうでも告知しておきますので是非ドウゾ!
リンクです ↓

http://fboybbs.dip.jp/

 

ケ~ンさん

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月24日(土)00時32分14秒 KD125028013156.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  私が破邪顕正館に行かないのは、私は御文の解釈ではケ~ンさんに異議を唱えてますので、あまりよくないかと思いまして。

ちなみに引用したのは、
「日蓮大聖人御書十大部講義 第五巻 報恩抄」の402ページです。

私がここに書き込んだのは、ケ~ンさんの解釈があまりにも強引だと思ったからです。
それだけです。

一応、フォローのつもりだったんですけどね。
 

やすゆきさん 

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月24日(土)00時12分39秒 KD125028012106.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  阿部さんも書いていらっしゃいますが、あれは邪義破折班作成の文書ですよね?
血脈の話だとおっしゃる理由もよくわかりません。

「信」についてですが、行学により深まるものが信であり、「疑ってはならない」から出発するものではないと思います。

私も御書は詳しくないです。
ただ、例えば「当世の学者は血脈相承を習い失う故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり」の続きには、
「然りと雖も汝が志神妙なれば其の名を出すなり」
「一言とは妙法是なり」
とあり、決して秘密にされているわけではないのです。
それを文証として引用するのが「切り文」なんです。


それと、阿部さんはツッこんでおられませんが、その「三宝」の立て分けはおかしいですよ…。
 

保存しておきます。(笑) ①

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)22時05分40秒 d57.HosakaFL30.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  --------------------------------------------------------------------------------
不思議ですねぇ  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時38分34秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

お疲れ様です  投稿者:よしゆき  投稿日: 2月19日(月)22時56分21秒    引用
   私は学会員ですが、少し意見を。

やすゆきさんの解釈で(敵対者のいる清澄寺では「心に入れようとしない人(敵対者)には言わない事ですよ」)全く問題ないと思います。
この御文はその意味でしょう。

ただ、阿部日さんが引っ掛かっているのは、
それがすなわち「信解しないものに言うことは『謗法』となる」(宗務院発行文書より)ということの依文とはならないはずだ、ということなのではないでしょうか?

趣旨からずれますが、やすゆきさんの見解を伺いたいです。





なんで学会員が転載だけしてる法華講員に  「お疲れ様」  なんて 言う必要があるのでしょうネ

しかも だれも書き込んでいない いや

やすゆきさんが 書き込まないはずの 時間にです。

やすゆき先生のご指摘の 安房の清澄寺 が 敵対者 ではなく

清澄寺が大聖人に賛同してるひとがいる なんて 珍説を 述べてくださっているのですから

それとも

報恩抄送文 の宛名の 清澄寺御坊 は 大聖人の賛同者だった????
(やすゆきコメント:「賛同者」じゃなくって「弟子」なんですがね・・・(^^ゞ)

IF の 仮定としては おもしろいですが・・・・・

まさか 大聖人は 「死んだ師匠だから 法門を言えるようになった」とか
( ̄△ ̄;)エッ・・?
http://www.jinken-hokkaido.net



--------------------------------------------------------------------------------
Re: う~ん つっこまれなかったですね  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時37分21秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> ひろゆき先生 は つっこまなかったですね~
>
> まぁ もともと 串つかって書き込んでるぐらいですし
>
> 会社串からの発信だけにしていますから
>
> そんなもんかなぁ っておもったっす



 ???ど、どこをつっこむべきだったのでしょう???(汗)
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
Re: それではね  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時35分52秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> 意味不明の血脈論も削除しておいてください


 いえいえ、なにも遠慮しないで下さい。

 ず~っと、「保存」しておきますから。(笑)<ケ~ンさんのログ
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
そういう発言はやめたほうがいいですよ  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時34分33秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> ひろゆき先生 は つっこまなかったですね~
>
> まぁ もともと 串つかって書き込んでるぐらいですし
>
> 会社串からの発信だけにしていますから
>
> そんなもんかなぁ っておもったっす


 まるでクチクチ必死になって、「発信元探し」をしてるみたいじゃないですか?(笑)

 「やっぱり創価学会ってそんな集団なんだ!!」って、宣伝しちゃってますよ。

 ちなみに、お詳しいようなので質問させてください。

 「串」は、「プロキシ(代理)サーバー」の意味ですよね。

 「会社串」って、どういう意味ですか?

(※また、板違いですいません>管理人さん)
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs
 

保存しておきます。(笑) ②

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)22時04分6秒 d57.HosakaFL30.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  --------------------------------------------------------------------------------
どまんなかでしょう(爆)  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時00分46秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

※あっ、話そらした!(笑)




話をそらそうと必死になっていますね。

あくまで 「いはぬ事にて候ぞ」 とおっしゃられたのは

清澄寺の住職に対して です。


当時 日蓮宗 でもない 寺に 宣戦布告 ってわけですかプププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!


--------------------------------------------------------------------------------
Re: その当時  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時59分5秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> 安房の清澄寺 といえば 大聖人が立宗を宣言された 由緒あるお寺です
>
>
> でも 当時は ナニ宗ですか??
>
>
>
> 清澄寺の説明文 千葉 鴨川の サイト
> http://www.city.kamogawa.lg.jp/JP/0006/0064/00001194_6_64.html


 で?報恩抄の対告衆は?
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
これは転載してもいいかな?  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時57分39秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

Re: 素直に読んでね  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月19日(月)14時28分21秒    引用  編集済
   > 御状給り候畢ぬ、親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、
>
> 御本尊図して進候此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後正法よりも像法像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし
>
>
>
>
>    ↑
> 上記を 具体的に述べてみてください (⌒▽⌒)!


「具体的に」ですね(笑)

 まず「御状給はり候ひ畢んぬ。」ですが、
ここは直訳すると「お手紙を頂戴いたしました。」となります。
 本書の宛名が「清澄御房」であり、また、本書中に「御まへと義城房と二人」とあるところより、報恩抄の対告衆である清澄寺の浄顕房・義城房のうち、浄顕房からのお手紙をいただいたとのことを仰せなのです。

 次に「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ。」の一文ですが、直訳いたしますと「親しい者と親しくない者と(の区別)なく、法門と申しあげるものは、心に入(い)れない人には言わないことですよ、心得てください。」となります。
 具体的に申しあげますと、あなた(ケ~ンさん)のように、いくら正しい法門を説かれても、一切自身の心に入(い)れず、とにかく否定しようとばかりする人には、深い法門についての話はしないことです。心得ておきなさい、との仰せと拝するのです。(^^)

 「御本尊図して進らせ候。」とは、「御本尊を書いてさしあげます。」ですから、大聖人様より浄顕房に御本尊様が下付なされたということですね。

 そして、「此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後、正法よりも像法、像法よりも末法の初めには次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば、日本国に是より外に法華経の行者なし。」を拝しましょう。
 「この法華経は、釈尊の御在世よりも釈尊の滅後、(三時の)正法よりも像法、像法よりも末法の初めには(というように)、次第に怨敵が強くなるはずだということだけでも、もしお心にあるのであるならば、日本国に私(大聖人様)以外に法華経の行者はいない(ということがわかるでしょう)。」となります。

 ですから、「これを皆人存じ候ひぬべし。」は、「これ(日本国に大聖人様以外に法華経の行者はいないということ)を、皆人はきっと知っているにちがいありません。」となります。



 具体的に述べることができたのは、「心に入れぬ人」のみですが、以上です。
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
その当時  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時56分36秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

安房の清澄寺 といえば 大聖人が立宗を宣言された 由緒あるお寺です


でも 当時は ナニ宗ですか??



清澄寺の説明文 千葉 鴨川の サイト
http://www.city.kamogawa.lg.jp/JP/0006/0064/00001194_6_64.html


--------------------------------------------------------------------------------
Re: やすゆき先生 正気ですか  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時53分16秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> 報恩抄の対告衆ではなく
>
> 報恩抄送文 の 宛名 です。
>
>
> 報恩抄のお話ではありません(笑)
>
> では問います
>
> 報恩抄送文  は 今で言えば 清澄寺御坊に なにをまえもって断られた お手紙ですか


 あっ、話そらした!(笑)

 「やばっ!」って、思ったんでしょう?

 答えるまで、次に話、すすめないよ~~~。(笑)
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
やすゆき先生 正気ですか  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時51分29秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

報恩抄の対告衆ではなく

報恩抄送文 の 宛名 です。


報恩抄のお話ではありません(笑)

では問います

報恩抄送文  は 今で言えば 清澄寺御坊に なにをまえもって断られた お手紙ですか
(やすゆきコメント:最初は「ごまかしている」と思ったが、どうやら本気で勘違いしているらしい(笑))

http://www.jinken-hokkaido.net



--------------------------------------------------------------------------------
Re: ?  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時48分10秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> >  「会社串」って、どういう意味ですか?
> >
>
> 企業向けのIPですよね
>
> やすゆき先生 職場からの 書き込みでしょう?


 正解!!

 なんで、わかるの?!
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
Re: 不思議ですねぇ  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時47分9秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> なんで学会員が転載だけしてる法華講員に  「お疲れ様」  なんて 言う必要があるのでしょうネ


 「転載だけしてる」って、ごあいさつですね。


 仕事の合間見て、あれだけ転載するのは大変だったんだぞ!!(ムカっ)(--〆)
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
?  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時46分3秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

>  「会社串」って、どういう意味ですか?
>

企業向けのIPですよね

やすゆき先生 職場からの 書き込みでしょう?
http://www.jinken-hokkaido.net



--------------------------------------------------------------------------------
Re: 不思議ですねぇ  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時43分6秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> お疲れ様です  投稿者:よしゆき  投稿日: 2月19日(月)22時56分21秒    引用
>    私は学会員ですが、少し意見を。
>
> やすゆきさんの解釈で(敵対者のいる清澄寺では「心に入れようとしない人(敵対者)には言わない事ですよ」)全く問題ないと思います。
> この御文はその意味でしょう。
>
> ただ、阿部日さんが引っ掛かっているのは、
> それがすなわち「信解しないものに言うことは『謗法』となる」(宗務院発行文書より)ということの依文とはならないはずだ、ということなのではないでしょうか?
>
> 趣旨からずれますが、やすゆきさんの見解を伺いたいです。
>
>
>
>
>
> なんで学会員が転載だけしてる法華講員に  「お疲れ様」  なんて 言う必要があるのでしょうネ
>
> しかも だれも書き込んでいない いや
>
> やすゆきさんが 書き込まないはずの 時間にです。
>
> やすゆき先生のご指摘の 安房の清澄寺 が 敵対者 ではなく
>
> 清澄寺が大聖人に賛同してるひとがいる なんて 珍説を 述べてくださっているのですから
>
> それとも
>
> 報恩抄送文 の宛名の 清澄寺御坊 は 大聖人の賛同者だった????
>
> IF の 仮定としては おもしろいですが・・・・・
>
> まさか 大聖人は 「死んだ師匠だから 法門を言えるようになった」とか
> ( ̄△ ̄;)エッ・・?


 君は正気か?

 「報恩抄」の対告衆知ってる?
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
Re: う~ん つっこまれなかったですね  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時40分57秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> > ひろゆき先生 は つっこまなかったですね~
> >
> > まぁ もともと 串つかって書き込んでるぐらいですし
> >
> > 会社串からの発信だけにしていますから
> >
> > そんなもんかなぁ っておもったっす
>
>
>
>  ???ど、どこをつっこむべきだったのでしょう???(汗)


 ああ、ひろゆきさん宛だったんですね(恥)


 そんなに彼の素性を調べたいの?

 創価学会って恐いね。
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs
 

保存しておきます。(笑) ③

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)22時02分42秒 d57.HosakaFL30.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  御本尊図して進候  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時52分17秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

これは 清澄寺御坊御本尊を下付された と 解釈するんですか~


元師匠の道善坊さんが亡くなられたと 手紙を出したら 御本尊を下付してくださったってか
(やすゆきコメント:浄顕房の信心を評価されたのですよ。)

--------------------------------------------------------------------------------
あれれ?  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時42分37秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

これを皆人存じ候ひぬべし。」は、「これ(日本国に大聖人様以外に法華経の行者はいないということ)を、皆人はきっと知っているにちがいありません。」となります

候ひぬべし は 「知っているに違いない」 になるんですか ヘェ~~

この「ぬ」は?
(やすゆきコメント:ここでは<完了>または<確述・強意>の助動詞「ぬ」の終止形。)

--------------------------------------------------------------------------------
語弊があるので 訂正しますね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時39分47秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

※清澄寺御坊 は 大聖人の賛同者だった

    は

 間違いとは言えませんね 訂正してお詫びいたします
(やすゆきコメント:「賛同者」じゃなくって「弟子」なんですがね・・・(^^ゞ)

--------------------------------------------------------------------------------
ちなみに ここって  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時17分16秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

この話題って 顕正会のひともブログにしてくれてますね~
はい ドンドン がんばりましょう
受け入れられない人には説いてはいけない はずなのに
なんで 大聖人門下でない 清澄寺大衆 にまで お手紙があるのかな??
って思いませんか
(やすゆきコメント:だから「大聖人の弟子」なんですがね・・・(^^ゞ)

--------------------------------------------------------------------------------
Re: すごいでしょう 大聖人は  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時12分13秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

> 当時の清澄寺の僧を折伏されてたんですよ?
>
> ちなみに大聖人は当時 身延におられたんですよね~

僧だけではありませんよね?
言っちゃいけない法門 を 清澄寺 の 門徒 にまで
手紙を送っておられますね~
(やすゆきコメント:「清澄寺の門徒」じゃなくって「大聖人の弟子」なんですがね・・・(^^ゞ)

--------------------------------------------------------------------------------
すごいでしょう 大聖人は  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)17時07分43秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

当時の清澄寺の僧を折伏されてたんですよ?
ちなみに大聖人は当時 身延におられたんですよね~
(やすゆきコメント:だから、実際は浄顕房、義浄房のお二人が折伏されていたのでしょうね♪)

--------------------------------------------------------------------------------
でも いい文献 だすね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)16時57分22秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

その昔
大月天さんは 僧は出家だ ! って言い張っていたけど
在家の僧 って どういうことだろね(´m`)クスクス
ま これは 余談ね
(やすゆきコメント:「入道」ってことでしょう)

--------------------------------------------------------------------------------
もしかして もしかして  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)16時55分27秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

ホントは おしえちゃいけないけど
兄弟子の 義浄房・浄顕房 には 教えます
って 値踏みしたのかな (〃^∇^)o_彡☆あははははっ
(やすゆきコメント:「兄弟子」であって「弟子」でもあるんですがね・・・(^^ゞ)

--------------------------------------------------------------------------------
つまり  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)16時54分12秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

次第に大聖人の弟子となり、清澄一山も漸次に大聖人に傾いてきた、又清澄寺大衆も御書に円浄房等数名出ているけれども、明らかに大聖人の弟子となったかはわからないが
   ↑
義浄房・浄顕房 ともに 大聖人が折伏されてたわけね

その後の御書にも結構書簡を交えていたことがわかりますね。

で 当時の 清澄寺 は ナニ宗よ ┐(~ー~;)┌
(やすゆきコメント:汗ふきなよ。)

--------------------------------------------------------------------------------
うんうん よく調べたね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)16時50分18秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用


恩人に違いないけど
法門をいってはいけない 人ではないのかに (´m`)クスクス
(やすゆきコメント:「恩人」でもあるけど「弟子」でもあるんですがね・・・(^^ゞ ・・・御書全集・・・・持っていないらしい・・・・)

--------------------------------------------------------------------------------
あまりにもケ~ンさんが痛々しいので、  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)15時49分23秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

今日、もう一回だけレスしとくな。

> 日蓮宗の解釈では
>
> 清澄御坊 は 清澄寺の住僧であった淨顕房 となってるけどね

 まず、「住僧」というのは、「住んでいる僧」の意味で一寺の長である「住職」ではありません。

 「御書全集」持っていますね?
 後ろのほうに「弟子檀那等列伝」って、ありますよ。

 一番最初の項目
   義浄房・浄顕房

 共に道善房の弟子で大聖人の法兄である、故に宗旨御建立の時、大聖人が地頭景信に追撃されたのを救って次第に大聖人の弟子となり、清澄一山も漸次に大聖人に傾いてきた、又清澄寺大衆も御書に円浄房等数名出ているけれども、明らかに大聖人の弟子となったかはわからないが逆徒は多かったやに見ゆる、別当御房という御書があるが、これは恐らく義浄房ではなかろうか、聖密御房は清澄山衆ではなくて、その地方の在家の僧であったろう。/b>
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

--------------------------------------------------------------------------------
清澄御坊  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時31分55秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

日蓮宗の解釈では

清澄御坊 は 清澄寺の住僧であった淨顕房 となってるけどね


--------------------------------------------------------------------------------
あ ごめんね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時27分57秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

清澄寺御坊 → 清澄御坊 だね


--------------------------------------------------------------------------------
再度問います 『報恩抄』に添えて送られた『報恩抄送文』には  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時23分11秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

清澄寺御坊 とありますが?


清澄寺は 当時 日蓮宗 でしたか????
(やすゆきコメント:最後のよりどころだね(笑)しかし、「列伝」にはどう書いてあったかな?)



--------------------------------------------------------------------------------
あ~ 発見しました  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時17分0秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

邪義破折班の考え方をベースに 大月天さんも言ったわけだ

**********************

同じく三大秘法義が説示された『報恩抄』に添えて送られた『報恩抄送文』には、
  親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、(中略)此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ、詮なからん人々にきかせなばあしかりぬべく候。(新編一〇三七頁)
と仰せになられている。けだし、三大秘法義の内容は、本来僧俗がこぞって知るべき重要な御法門ではあるが、強盛なる信心と一定の法義理解がないと信解しがたく、一知半解の信心未熟な輩によって誤解を生じる危険性は当然予想される。故に大聖人は、むやみに披見することのなきよう慎重を期せられ、後世の為に大事に保管すべき旨を御教示されたのである

*******************************

ばかばかしいですね~

(中略) がつごう良く

法門=報恩抄に現された三大秘法=法主経由の相伝 に すり替えられてるだけですね。

(やすゆきコメント:読解力のなさをさらけ出した感想ですな。)


--------------------------------------------------------------------------------
必死に誤魔化しても ムダです  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)15時12分16秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

やすゆき先生は

報恩抄送文 の 真意 が読めていないわけですね。

このお文で 大聖人は 二人の弟子を使わしますので・・・ と断られてるわけです。

「御状給り候畢ぬ」

つまりお手紙をいただいたわけですね

誰から 誰に なんのお手紙を?
(やすゆきコメント:はっきり既述してあるのに読んでいない・・・)



--------------------------------------------------------------------------------
マジで心配やなあ・・・  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)15時08分22秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

 なあ、ケ~ンさん。

 ほんまに学会なんかはよやめ。

 もしかしたら、まだ間に合うかもよ・・・・・。


 ほんなら、今日は書き込みこれで終わるけど、あんたの人生はあんたのためにあるんやからな。
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs



--------------------------------------------------------------------------------
Re: どまんなかでしょう(爆)  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)15時04分38秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

> ※あっ、話そらした!(笑)
>
>
>
>
> 話をそらそうと必死になっていますね。
>
> あくまで 「いはぬ事にて候ぞ」 とおっしゃられたのは
>
> 清澄寺の住職に対して です。
>
>
> 当時 日蓮宗 でもない 寺に 宣戦布告 ってわけですかプププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!


 あ、・・・・ほ。


 君、創価学会の本も読んでないんか?


 清澄御房=清澄寺住職~~~~~~~~????!!!!!!


 今すぐ、教学の詳しい人に電話して聞いてみなさい。


 恥を増幅してるぞ、君。
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs
 

Re: あ 念のため

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)20時58分57秒 d50.HosakaFL6.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  > ※ケ~ンさんは、よしゆきさんと私が同一人物だと思っているそうですよ(笑)
>
>
> いいかげんですね
> 証拠もないのに同一というだなんて 法華講のやることです(〃^∇^)o_彡☆あははははっ
>

 へ~~~~~~~~~(笑)


============================================================================
おいおい ムーンちゃん 坊主の差し金か(爆)  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月19日(月)14時15分23秒 58-70-7-44.eonet.ne.jp    引用

(中略)

麻帆広布は鶴太郎ですよ(´m`)クスクス

============================================================================
麻畝広布=鶴太郎=いなほビッグワン=管理人=宝=突撃男(笑)
============================================================================



 君、法華講と違うよ(爆笑)
 

あはは(⌒▽⌒)

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)20時46分50秒 d50.HosakaFL6.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
   ケ~ンさん、いらっしゃい♪

 書き込みありがとうね(笑)

============================================================================
ちなみに  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時32分8秒    引用

これ以降はこちらでサービス書き込みはいたしません

やすゆき先生の演出ができてしまいますから(笑)

続きはこちらで どうぞ
http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

============================================================================
 

あ 念のため

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月23日(金)19時29分40秒 58-70-68-75.eonet.ne.jp
返信・引用
  ※ケ~ンさんは、よしゆきさんと私が同一人物だと思っているそうですよ(笑)


いいかげんですね
証拠もないのに同一というだなんて 法華講のやることです(〃^∇^)o_彡☆あははははっ

ネットで 「ボク学会員です」って言われただけで
あ=そうですか と思わないだけです

だから よしゆきさんには 富士ボーとか どこでもいいんです
他のサイトで活躍してみてください。


それでは 法論館Ⅲでおまちしています

http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

 

あ それから よしゆきさん

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月23日(金)17時19分52秒 58-70-68-75.eonet.ne.jp
返信・引用
  いつのまにか「猊下」が引用されたようになっていますけど
気にしないでください

やすゆき先生の演出ですから

せっかくですので
その
創価学会の「報恩抄講義」 の 該当部分

つまり報恩抄送文の解説を引用先の書籍のページ等も
紹介なさってくださいませ

それでは・・・・・・・・~~~ヽ(^◇^)))  ほな、さいなら!

http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

 

失礼しましたね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月23日(金)17時15分10秒 58-70-68-75.eonet.ne.jp
返信・引用
  よしゆきさんがなぜ下記のURLにこられないのか
不思議ですね

それでは~

http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

 

Re: 阿部日ケ~ン(院政)様<横です

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)14時58分25秒 d50.HosakaFL6.vectant.ne.jp
返信・引用
  > はじめまして。
>
> 阿部日様の書き込みの中に「ひろゆき」という名前が出てきていますが、それは「やすゆき」さんのことですか?
> それとも私(よしゆき)のことか?
>
> ちなみに創価学会の報恩抄の講義録では、該当部分に以下のような通解がなされています。
> 「法門というものは、親しい人であっても疎遠な人であっても、とにかく信心のない人には、軽々しく話すべきものではない。このことは、よくよく心得ていなさい」となっています。


 ケ~ンさんは、よしゆきさんと私が同一人物だと思っているそうですよ(笑)

 ハンドルが似ているからかな?(^^)
 

こんにちは☆よしゆきさん

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月23日(金)14時56分6秒 d50.HosakaFL6.vectant.ne.jp
返信・引用
  > レス遅れてごめんなさい。

 いえいえ、いいんですよ。
 普通の人は、毎日毎日ネットに張り付いてられませんもの。
 私も亀レス君ですのでよろしくお願いいたします。m(__)m


>
> せっかく書いていただいたのですが、よくわかりませんでした。
> 信解しようとしない者に言うことが「謗法」である根拠が不明なのです。
>

 決して「信解しようとしない者」に折伏するな、と言っているわけではないことはご理解いただけましたでしょうか。
 猊下様が「謗法」にあたると仰せになったのは、あくまで「血脈相承」にかかる大事の御法門を「器にあらざる者」に言うことをお戒めになったものと理解しています。
 ですから、私たち程度の智解の者が折伏することをお戒めになられたものではないと思いますよ。


> 同じ報恩抄送文の中に「又此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ詮なからん人人にきかせなば・あしかりぬべく候、又設いさなくとも・あまたになり候はばほかさまにも・聞こえ候なば御ため又このため安穏ならず候はんか」とあり、状況の上から「言わない事」と仰せだと拝されます。
> つまり、謗法になるから言うな、とは仰せになっていないと思います。

> だから、依文としては不適切なのです。


 よしゆきさんがおっしゃりたいことは理解できます。

 報恩抄にお示しになられた三大秘法の御法門は、大聖人様ご自身が長く秘しておいでになられた御法門なのですから、当然口外すれば大難がまきおこることが必至であったのだろうと推量申しあげます。
 また、清澄寺の内外の事情から鑑みても、いたずらに山内の敵対者を刺激しては、念仏者の地頭と結託して、いかなる難を加えてくるかもしれぬということもご心配あそばされたとも考えられます。
 大切なお弟子であると同時に法兄でもあるお二人の身を案じられたのではないでしょうか。

 このようなことから、よしゆきさんは「依文としては不適切」とおっしゃったのではありませんか。

 しかし、猊下さまはこの文を依文とされたのではなく、唯授一人の血脈の御立場より借文なさったのだと思います。
 すなわち唯授一人の血脈相承の御法義は、正しく唯授一人の血脈をお受けになる「器」以外に洩らしてはならないとは、宗祖日蓮大聖人より代々のご法主さまに対する御制戒なのでしょう。


> それと、コピペいただいた時局協文書ですが、切り文だらけですね。
> 引用されている御文の前後を読んでいただけると、「うまく使っている」ことがわかります。


 おそらくよしゆきさんは、私などよりもよく御書を拝しておいでなのであろうと想像できます。
 私には「法論」はできません。
 そのような器でもないですし、まだ一度も拝読申しあげていない御書もたくさんあります。
 しかし、信心の根本はなんといっても「信」の一字です。
 正しき三宝に対し奉る「信」です。
 その「信」のなき「学」は、徒に迷路の奥に向かって突き進むようなものではないでしょうか。


 とかく人というものは「秘密」を知りたがるものですよね。
 でも、大聖人様とご戒壇さまとご法主さまが末法における三宝であるとさえ信じていれば、そんな「秘密」など知る必要はないのです。
 仏果を成就すれば、おのずと知るところとなるからです。
 

阿部日ケ~ン(院政)様

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月22日(木)01時13分17秒 KD125028014086.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  はじめまして。

阿部日様の書き込みの中に「ひろゆき」という名前が出てきていますが、それは「やすゆき」さんのことですか?
それとも私(よしゆき)のことか?

ちなみに創価学会の報恩抄の講義録では、該当部分に以下のような通解がなされています。
「法門というものは、親しい人であっても疎遠な人であっても、とにかく信心のない人には、軽々しく話すべきものではない。このことは、よくよく心得ていなさい」となっています。
 

ありがとうございます

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月22日(木)00時59分41秒 KD125028011138.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  レス遅れてごめんなさい。

せっかく書いていただいたのですが、よくわかりませんでした。
信解しようとしない者に言うことが「謗法」である根拠が不明なのです。

同じ報恩抄送文の中に「又此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ詮なからん人人にきかせなば・あしかりぬべく候、又設いさなくとも・あまたになり候はばほかさまにも・聞こえ候なば御ため又このため安穏ならず候はんか」とあり、状況の上から「言わない事」と仰せだと拝されます。
つまり、謗法になるから言うな、とは仰せになっていないと思います。

だから、依文としては不適切なのです。

それと、コピペいただいた時局協文書ですが、切り文だらけですね。
引用されている御文の前後を読んでいただけると、「うまく使っている」ことがわかります。
 

ちなみに

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)14時32分8秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  これ以降はこちらでサービス書き込みはいたしません

やすゆき先生の演出ができてしまいますから(笑)

続きはこちらで どうぞ

http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

 

消しても良かったんですけど・・・・・

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月21日(水)14時08分1秒 d57.HosakaFL30.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  ケ~ンさんが望まれましたので、保存しておきます。(^^)




=================================================================================
ケ~ンさんへ☆  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)13時33分13秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp    引用

 「古文研究会」とこちらへの、ダブル書き込みご苦労さまです。(^^)

 よしゆきさんはケ~ンさんを弁護なさっていたように思ったのですが、ケ~ンさんは私の演出と思ったようですね。(笑)

 一通り読ませていただきましたが、古文解釈上、学問的な反論でもなく、単なる感情的な書き込みと思われますし、こちらへの投稿とも重複しておりますので、ヒマな折に削除しておきますね♪


 ところで、ケ~ンさん。

 なにをカッカしてるんですか?
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

=================================================================================
あはは  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)13時40分40秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

やっぱり 演出ね (´m`)クスクス

都合のよい部分だけ いただきマンモス ってか
http://www.jinken-hokkaido.net

(やすゆきコメント)
君・・・・・トシ、いくつや?
もしかしたら、かなりオッサンか?
オッサンの引きこもりはかなり気持ち悪いぞ・・・。


=================================================================================
プププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)13時44分23秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

※古文解釈上、学問的な反論でもなく



どこが学問的な反論なの?

大月天さんの 相伝云々が 法門 だと 勘違いしたところかな

なに 困ってるんですか(´m`)クスクス
http://www.jinken-hokkaido.net

(やすゆきコメント)
ああ、また日本語が通じていない・・・。
「学問的な反論でない」のは君の錯乱した書き込みのことや・・・。
て、錯乱している御仁にまじめに答える俺も相当痛いな




=================================================================================
ご苦労さまでした  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)13時47分41秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

~にて



入らぬ も 解釈できなかった ひろゆき先生

学者ぶっても 恥ずかしいですよ (〃^∇^)o_彡☆あははははっ

結局自分がつごう良く投稿を削除したりできるための掲示板だったわけで┐(~ー~;)┌
http://www.jinken-hokkaido.net


(やすゆきコメント)
「~にて」の解釈も「入らぬ」の解釈も間違いだらけであることを指摘されたのがそんなに悔しかったの?



=================================================================================
ケ~ンさん(^^)  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)13時51分42秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

 可愛そうに・・・・・ニセ本尊拝むからそうなるんですよ。


 晒しっぱなしはあなたの恥になるでしょう?

 それとも、ケ~ンさんの辞書には「恥」という言葉はないのかな?(^^)
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

=================================================================================
ていうかさ  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時00分35秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用

 本当にケ~ンさんって、他人の書き込みをよく読まない人だね。

 もしかしたら、読めないのかなあ・・・・・・・。

 邪宗の害毒って、本当に恐いですね。
http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

=================================================================================
よしゆきさんへ  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時06分35秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

どうぞ こちらにも書き込みなさってください(〃^∇^)o_彡☆あははははっ
http://www.jinken-hokkaido.net

=================================================================================
やすゆき先生 へ  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時08分39秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」ということから、御相伝血脈の説明に関するお話であることがわかります



宗務院が

「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」

といったのではありません


大月天さんの発言です

法門=大法の相伝 なんて 宗門も言っていませんね


恥ですよ 恥
http://www.jinken-hokkaido.net

=================================================================================
ああ、ごめんなさい>ケ~ンさんへ  投稿者:やすゆき  投稿日: 2月21日(水)14時25分49秒 d65.HosakaFL22.vectant.ne.jp    引用  編集済

>> 汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」ということから、御相伝血脈の説明に関するお話であることがわかります
>
> 宗務院が
> 「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」
> といったのではありません
> 大月天さんの発言です
> 法門=大法の相伝 なんて 宗門も言っていませんね
> 恥ですよ 恥


 当該書き込みで述べましたとおり(読んでないか?)、私は「当該文書が手もとに見当たりませんので、「創価破邪顕正館」の管理人大月天さんの書き込みから引用させていただ」きますと、おことわりしておりましたね。

 その上で下記の文章を引用しました。

「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです」(日蓮正宗宗務院発行「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」)

 ですから、「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」が原本にないとは思いもよらなかったのです。

 知らないこととはいえ、申しわけありませんでした。

 また、ご指摘ありがとうございます。


 さて、それにしてもバリバリの創価学会員であるケ~ンさんが、私たちでもなかなか手に入らない「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」をお持ちでいらっしゃるとは、恐れ入りました。

 では、「大法の相伝 なんて 宗門も言っていませんね」をご証明いただきます。(お手数かけます。)

 該当部分のページをスキャンまたは撮影して、「古文研究会」に貼り付けてもらえますか?


=================================================================================
う~ん つっこまれなかったですね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時26分52秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

ひろゆき先生 は つっこまなかったですね~

まぁ もともと 串つかって書き込んでるぐらいですし

会社串からの発信だけにしていますから

そんなもんかなぁ っておもったっす
http://www.jinken-hokkaido.net


(やすゆきコメント)
だから、気持ち悪いって。^^;
ストーカーみたいだぞ・・・。



=================================================================================
それではね  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月21日(水)14時28分38秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp    引用

意味不明の血脈論も削除しておいてください
http://www.jinken-hokkaido.net

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

そうすると 大月天さんはこう答えたのです

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)13時39分14秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  ※不信の者、不解の者に難解な法義を説けば、其れこそ逆に不信
不解を増幅させてしまうのである



   ↑
つまり 難解な法義をとくと 人が逃げるから 説くな ということです

不信・不解を増幅させてしまわないように 放置しておけ と

こういうことですよね。

だから

日蓮正宗は 相手が理解できなければ 法を説く必要はない

これが

「猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし」

と どう合致するのですか? と申しておるわけです


まさか
「権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし」は 権教を説くのだから 法門ではない と?

滑稽ですね

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  これのどこが「入れぬと入らぬの違い」を「提示」しているのかな?

>どうせ転載するならすべて転載してください
>入れぬ と 入らぬ の違いは 提示したはずです
>セコイ演出しないでください


 まあ、いいわ。

 君たちには、「戒壇の大御本尊様から離れ、ご法主さまを誹謗すれば堕地獄必定ですよ。」とのみ申し上げれば足りるからね。
 もとより、日本語もまともに読めなくなっているのに、難解な法門なんぞ説いてもしょうがないだろう。
 

では 大月天さんが噛みついた 最初の投稿を書き込んでおきます

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時57分41秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  ※ 荒らしはゴミとして削除 投稿者:HP執行部 投稿日: 1月15日(月)10時56分29秒 softbank219197060097.bbtec.net   引用  編集済

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋(ころう)な創価学会の信心は、それほど汚れているのです。」
(創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す 日蓮正宗宗務院発行 P157



  ↑
破折法論館シリーズつくった兵庫の麻畝広布ちゃん

樋田さんに 津村さん

みんな 謗法だってさ


    正宗が
       反論できずに
           両手(もろて)あげ



これはおそらく「宗務院や所轄の坊主に指令がいった」ことを臭わせる投稿ですね。
この坊主指導が浸透していってるから

最近どの法華講員もフヌケたような破折にもならないうわごとを繰り返してる理由

ということでしょう。

実質「創価学会員に触れるべからず、語るべからず」の敗北宣言とみえます

しかし陳腐な御書のキリ文ではないですか
いかにも日蓮大聖人が「理解しない人には法を説くな」とでもいったかのように
扱っていますね

でもこの御書は @報恩抄送文 の一文ですわい

実際には
「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、御本尊図して進候此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後正法よりも像法像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし、」

つまり
親しい疎いは関係なく「法門」というのは、信心をしていない人が言えることではないのです

と言う意味ではないのかのぅ


邪義破折班の御書のキリ文解説が陳腐だということよ~

※譬えば母の子に病あると知れども当時の苦を悲んで左右なく灸を加へざるが如し、喜根菩薩は慈の故に当時の苦をばかへりみず後の楽を思いて強いて之を説き聞かしむ、譬えば父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚不退の菩薩名をしらず

 (唱法華題目抄)

※方便品等には機をかがみて此の経を説くべしと見え不軽品には謗ずとも唯強いて之を説くべしと見え侍り一経の前後水火の如し、然るを天台大師会して云く「本已に善有るは釈迦小を以て之を将護し本未だ善有らざるは不軽大を以て之を強毒す」文文の心は本と善根ありて今生の内に得解すべき者の為には直に法華経を説くべし、然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし、本と大の善根もなく今も法華経を信ずべからずなにとなくとも悪道に堕ちぬべき故に但押して法華経を説いて之を謗ぜしめて逆縁ともなせと会する文なり、此の釈の如きは末代には善無き者は多く善有る者は少し故に悪道に堕ちんこと疑い無し、同くは法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説いて謗縁を結ぶべき時節なる事諍い無き者をや

(唱法華題目抄)


ハイ これのどこが 邪義破折班のいう

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、

”信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります”

と合致しますか ?(@’ω’@)ん?



どこに日蓮大聖人が

”信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります”

と 誡めてるの?

悩乱した君たちにはわからないんだろうなぁ

麻帆広布や れいな はこの解釈を真に受けて

他の法華講員に 「創価学会に法をとくことは謗法です」と言わんばかりに
掲示板閉鎖や削除してるやんけ~

(_≧Д≦)ノ彡☆ばんばん

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  このログは私が転載作業をしていたときにはとっくに消えていたものですね。
 随分必死になって保管作業してるんだね。(^^)
 はっきり言って気持ち悪いよ、君。
 いわゆる「引きこもり」ってやつかい?

 まあ、それはおいとくとしても、これのどこが「入れぬと入らぬの違い」を「提示」しているのかな?

>どうせ転載するならすべて転載してください
>入れぬ と 入らぬ の違いは 提示したはずです
>セコイ演出しないでください
 

あ わかった 

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時49分21秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」ということから、御相伝血脈の説明に関するお話であることがわかります



宗務院が

「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」

といったのではありません


大月天さんの発言です

法門=大法の相伝 なんて 宗門も言っていませんね


あなた方法華講は 身内同士で 勝手に 誤解 の 連鎖を していなさい

(〃^∇^)o_彡☆あははははっ

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  だったら、証明をどうぞ。
 「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」の該当部分のページの画像の貼り付けをお願いします。
 

やすゆき先生 へ

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時40分47秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  せめて 大月天さんの 発言と 宗務院の発言を 見分けてくださいね

私の質問は

最初から

法門とは法華経のことではないのですか? ですよ

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  君の質問が一貫していたことはないと思うが・・・(^^ゞ

 ここでは違いますね。
 

とことん 話をそらしていますね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時39分28秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」


相伝 なんて だれがいっていましたか?

法門 とは 相伝 のことなんですか?

ばかばかしい

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  今話題のネタになっている「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」に書いてあるんでしょう?
 違うんだったら、原文貼り付けてよ。(^^)
 

はい それは やすゆき解釈ですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時36分56秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  キリ文はやめましょうね(笑9


※心に入れぬ人にはいはぬ事 と仰せになり


いえいえ
本文は

心に入れぬ人にはいはぬ事 にて 候ぞ御心得候へ


~にて は

「状態」をあらわすことになります。

・・・・という状態で とか ・・・という形で と 現代語訳されます。



では やすゆきさんの言うように 解釈すれば

「法門は言ってはいけない」の状態 と いうのは おかしいのが解るでしょうo(*^▽^*)oあはっ♪


おかしくない と 思いこんでるだけですね┐(~ー~;)┌

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  また恥を重ねてますね(笑)

>~にて は
>「状態」をあらわすことになります。
>・・・・という状態で とか ・・・という形で と 現代語訳されます。

 だれに聞いたの?
 既述だけど、<断定>の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「て」は、「~デ」「~デアッテ」と現代語訳されるのですよ。(笑)
 ていうか、人の書いたこと読みなさい。(^^)
 

それよりも

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時03分48秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  どうせ転載するならすべて転載してください

入れぬ と 入らぬ の違いは 提示したはずです


セコイ演出しないでください

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  へえ~~~~??(^^)  

根本的に 勘違いしてますね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)12時02分25秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  法門を言ってはいけない という 誡めなら

なぜ 数ある弟子たちへの御金言のなかで 「いはぬ事」 が 報恩抄送文 にしか

でてこないのでしょうね


根本的に 誡めではない 証拠ですね

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  何言ってるの?
 意味不明なことわめかないようにしようね。(^^)
 

それじゃ やすゆき先生

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時56分28秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  報恩抄送文 の 解説をおねがいいたします。

他宗の「道善御房」 の墓前で 弟子が報恩抄(これも法門ですよね) を 読むように

申しつけられているのをね

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  道善房も内心では大聖人様に帰依してたのではなかったのかな?
 ただ、臆病だったんだよね。
 君とは違うよ。
 それから、師匠の恩を報ずるという意味もあるよね。
 君にはわからんだろうが。
 

おもしろい 解釈ですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時48分7秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  当時、清澄寺の大衆(僧侶達)の中には、大聖人様の教えを信ずるものもあれば、敵対する者もいたのです

  ↑

上記の根拠となる 御文をだしてください

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  御書全集の「弟子檀那等列伝」ぐらい読もうね。
 それとも君は御書すら持っていないのか?
 もしかしたら脳内学会員か?
 

御書読みの御書知らず

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時45分17秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  当時、清澄寺の大衆(僧侶達)の中には、大聖人様の教えを信ずるものもあれば、敵対する者もいたのです。

 ですから、「心に入れぬ人にはいはぬ事」と仰せになり、そのような敵対する者たちには「言わないことだよ。」とお諭しになったのです





   ↑

報恩抄送文の 宛先 はだれでしょね プププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!


清澄御房 ってだれ?

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  浄顕房ですよ。
 大聖人様のお弟子さまのね。(^^)
 既述です。
 人の書いたこと読めないんだね~。
 ニセ本尊拝んでるからだよ。
 

そこでなぜ やすゆき先生が 血脈相承をだしてくるかな?

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時39分4秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  今回の古文解釈に なんの関係があるのですか?

煙に巻かないでください(⌒▽⌒)アハハ!

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  よしゆきさんの疑問に答えただけですよ(笑)
 君には関係なし(^^)
 

おもしろいな

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時36分38秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  打ち消しの「ぬ」が たった いはぬ の活用の中にあるだけで

「~してはいけない」(いってはいけない)という 制止 または 禁止の言葉に

変換して つじつまを合わせようとするんですから ゴマカシに必死です

あと 何日 嘲笑してひっぱれるかな 《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~

昔 中学で

食べる

食べられる   の違いを教えてもらった頃をおもいだすなぁ(笑)


動詞の打ち消し というのは

食べる → 食べない

しゃべる → しゃべらない  の 能動的行動 の打ち消しなのに

いう → いってはいけない の 制止的命令形に なっちゃうんですね

いやぁ 興味深いな  

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  頭破作七分のサンプル状態ですね。
 変換しているのは君(^^)
 必死になっているのも君(^^)
 見ている人はわかっているよん♪
 

あはは

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日:2007年 2月21日(水)11時31分21秒 59-190-18-103.eonet.ne.jp
返信・引用
  日蓮正宗法華講員は

法門(法華経)は信じようとしない人にはいってはいけない!  と御書を曲解してるけど

創価学会員のワシや卞氏殿は

法門(法華経)は理解していない人にはいえない事です なのですわ




日蓮正宗法華講員の主張では

折伏・弘教はしなければいけないが
法華経を説かずして破折ができる ということになりますが ?

いかがですか

聞き入れない人は 法門をいってはいけない というのは

具体的に ナニをいってはいけないということになるのですか?


これが 大月天さんもひろゆきさんも 答え(教え)なければいけないことです。

ひろゆきさんも 大月天さんと 同じ意見なわけですから

どんどん 援護してあげてくださいね

http://www.jinken-hokkaido.net

 
    (管理人)  錯乱していますね(^^)
 具体的に申しあげているでしょう?
 「大法の相伝」に関することですよ。
 

私の駄文よりもこの御指導をご覧下さい

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月20日(火)15時06分44秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
   仏法とは、本仏の開悟せられた絶対的な甚深の一法を、いかに信受し、かつ久住並びに流布せしめていくかという点にある。そのため、まず本仏本法の法体が、この事相の差別世界において、常住不変でなければならない。この重大な責任を本然的に背負って、生きた人間が流通伝持していかなければならないのである。ここに、相伝の重要性があり、大聖人滅後の僧俗の責任と義務が存するのである。その根本が、唯授一人の法体血脈の相承である。したがって、「民主の時代」であろうがなかろうが、「新思考」などといって、大聖人の正法の本質を改変せしめるような、新たな根本的な法の創造をしてはならない。また、「民主の時代」だからといって、唯授一人の血脈を、信徒を含めた大衆が共有するのだなどと考えてもならない。

 仏の法をあやまたず流伝する必要性から、釈尊は滅後の化導においても、時と機とに従って、それぞれ流通の法が付嘱されている。そのため、付法蔵の24人が定められ、神力嘱累における本化・迹化の付嘱が明示され、生きた社会に流伝するための僧伽の位置付けがなされている。相承とは、相伝承継の意であり、「相い承る」ことである。これは、法義を未来世に久住せしめ、広宣流布せしめることに目的がある。また、付嘱の語も「付法嘱託」の義で、法を付して、後世へ嘱託する意味である。故に、釈尊の法は摩訶迦葉・阿難に、天台大師は章安に、伝教大師は義真に、それぞれ直授相承せられ、他家においてもその次第を決して蔑(ないがし)ろにすることはない。

 当然ながら、当家における付嘱の根源は、外用の辺に約せば多宝塔中における神力品の結要付嘱に存するが、内証本地の辺に約せば久遠元初の結要付嘱に存する。この久遠元初の結要付嘱は、本因妙の教主日蓮大聖人の法体の付嘱の意であるから、具体的に末法においては、『一期弘法付嘱書』に、

「血脈の次第 日蓮日興」(全集 1600ページ)
とあるように、宗祖大聖人より日興上人への法体血脈の相承にその根源が存する。以来、嫡々代々の御歴代上人を経て、御当代日顕上人に至る相承を唯授一人の血脈相承というのであり、中途の時期において、他家・俗人から発するものは、絶対に「血脈」とも「相承」ともいわないのである。この唯授一人という方法を用いられる理由として、『報恩抄送文』には、

「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ」(同 330ページ)
と、法門伝持において、特に根本の法義は器に非ざれば説くものではないと戒められている。ゆえに、三位日順師の『本門心底抄』には、

「願くば門徒の法器を撰して密に面授相伝すべし。若し外人他見に及ばば、還って誹謗の邪難を加へん。努(ゆ)め努(ゆ)め偏執の族に対して心底を披露すべからざるなり」(富要 2-32)
とある。すなわち、法門の深義・内証の面授相伝は、法器を撰び、密かに行なわれるべきであり、門外人・他門・邪見・我慢偏執の徒輩に公開するならば、誹謗の邪難が加えられることが示されている。血脈法水の純粋性を守るためにも、僧団内の異義混乱を招かないためにも、唯授一人の手段にこそ令法久住の枢鍵があるのである。日寛上人も、『当流行事抄』に、

「六老の次第は受戒の前後に由り、伝法の有無は智徳の浅深に依る」(聖典 951ページ)
と仰せられている。日蓮大聖人がいかに付法伝授に留意あそばされ、血脈相承を重視せられていたかについて、

「当世の学者は血脈相承を習い失なう故に之を知らざるなり。故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり」(立正観抄 全集530ページ)
「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(一代聖教大意 同398ページ)
と仰せられ、相伝なくしては仏法の真意を心得ることはできないと御教示されている。また、付嘱がなければ、たとえ仏法の真意を心得ていたとしても、法の真意を説くことは許されないのである。その規律の一端を『法華行者逢難事』に、

「竜樹・天親は共に千部の論師なり、但権大乗を申べて法華経をば心に存して口に吐きたまわず(此に口伝有り)、天台伝教は之を宣べて本門の本尊と四菩薩と戒壇と南無妙法蓮華経の五字と之を残したもう、所詮一には仏・授与したまわざるが故に」(同965ページ)
この類文は随所に存するが、たとえこの法義の内容を知っていても、仏より付嘱(相承)がなければ、決してこれを説くことは許されない、というのが仏法の規律である。総本山第56世日応上人の『弁惑観心抄』の御指南に、

「唯授一人嫡々血脈相承にも別付惣付の二箇あり。其の別付とは則ち法体相承にして、惣付とは法門相承なり。而して法体別付を受け玉ひたる師を真の唯授一人正嫡血脈付法の大導師と云ふべし」(同書211ページ)
「吾大石寺は宗祖・開山より唯授一人法体別付の血脈を紹継するを以て、五十有余代の今日に至るも、所信の法体確立して毫も異義を構へたる者一人もなし。而して別付の法体とは、則ち吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是なり」(同書212ページ)
「金口の記別は彼の書巻授与の如きの比にあらず。此の金口の血脈こそ、宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝るものなり。之を真の唯授一人と云ふ」(同書219ページ)
と懇切に御教示されるように、代々唯授一人の相承とは、内証法体の相承であり、別付嘱とも称し奉るのである。これこそ、「宗祖大聖人の御法魂」を写瓶あそばされ、「本尊の極意」を師伝せらるるところの当家の法門の究極であり、御法主上人以外に、全く知ることあたわざる唯仏与仏の奥義なのである。この御法魂を肉団の胸中に伝持あそばされるがゆえに、宗内の僧俗は、恭敬合掌の礼をもって恭順拝信し奉るのである。故に、『百六箇抄』に、

「上首己下並に末弟等、異論無く尽未来際に至るまで予が存日の如く、日興嫡嫡付法の上人を以て総貫首と仰ぐ可き者なり」(全集 869ページ)
また、『御本尊七箇之相承』にも

「代代の聖人悉く日蓮なりと申す意なり」(聖典 379ページ)
と仰せられているのである。当宗の信仰においては、御法魂を伝持あそばされる御法主上人の御指南に信伏随順し奉り、三秘総在の大御本尊を拝し奉ることこそ成仏の要諦なのである。ここを以て『身延山付嘱書』には、

「背く在家出家どもの輩は非法の衆たるべきなり」(全集 1600ページ)
と御制戒あそばされ、第二祖日興上人も、『佐渡国法華講衆御返事』に、

「なをなをこのほうもんは、しでしをたゞしてほとけになり候。しでしだにもちがい候へば、おなじほくゑをたもちまいらせて候へども、むげんじごくにおち候也」(歴全1-183)
あるいは、また『日興遺戒置文』には、

「衆議為りと雖も仏法に相違有らば貫首之を摧く可き事」(全集 1618ページ)
と御指南されている。総本山第65世日淳上人は、『弁惑観心抄』の序文に、

「由来日蓮大聖人の門流に於ては、聖祖は二祖日興上人の血脈相承し玉ひて大導師たるべしと御遺命あり・三祖日目上人その跡を承継し玉ひて、相承の次第炳乎として明かに今日に至ってをる。よって此の相承を大宗として各々師弟の関係をしうすれば、自ら正統の信行に住することができるのである。然るに中間に於て我慢の徒輩は此れを省みず人情に固執して逸脱をし、その結果己義を構へ邪義に堕したのである」
と明快に御教示あそばされている。すなわち、いかに法華経を持ち、当家の御本尊を受持しても、法体血脈相承を伝持あそばされる御法主上人に対し奉る師弟相対の道を正さないかぎり、成仏はありえない。まさに無間地獄なりとの、厳格にして甚深の御教示である。本宗僧俗の一切は、この師弟の筋目を正すとき、はじめて信心の法水が流れ通うのである。すなわち、当宗においては智解をもって成仏するのではなく、御法主上人に信伏し奉る師弟相対の化儀の上に立脚した信の一字をもって成仏が叶うのである。『御義口伝』に、

「成仏するより外の神通と秘密とは之れ無きなり、此の無作の三身をば一字を以て得たり所謂信の一字なり」(全集 753ページ)
とあり、また日有上人の『化儀抄』にも、

「信と云ひ、血脈と云ひ、法水と云ふ事は同じ事なり信が動ぜざれば其の筋目違ふべからざるなり、違はずんば血脈法水は違ふべからず」(富要 1-64)
と御教示である。すなわち、信の一念をもって法体血脈に対する師弟の筋目を正すとき、はじめて、末法凡下の我等の生命にも、信心の血脈が通い、法水も流れるのである。その血脈法水を事行の上に御所持あそばされるお方は、いうまでもなく宗祖日蓮大聖人より嫡々付法相承なされた御当代の御法主上人であらせられる。その法体血脈(再往跨節の血脈)に対する信心によって、我々僧俗に流れる血脈は、一往当分の信心の血脈と解しておくべきである。

(平成3年10月1日大白法第349号・時局協議会文書作成班四班「創価学会会長・秋谷栄之助氏の目指す宗教改革の欺瞞を破す」より)

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

よしゆきさん☆はじめまして(⌒▽⌒)

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月20日(火)14時54分29秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  > 私は学会員ですが、少し意見を。
>
> やすゆきさんの解釈で(敵対者のいる清澄寺では「心に入れようとしない人(敵対者)には言わない事ですよ」)全く問題ないと思います。
> この御文はその意味でしょう。
>
> ただ、阿部日さんが引っ掛かっているのは、
> それがすなわち「信解しないものに言うことは『謗法』となる」(宗務院発行文書より)ということの依文とはならないはずだ、ということなのではないでしょうか?
>
> 趣旨からずれますが、やすゆきさんの見解を伺いたいです。


 当該文書が手もとに見当たりませんので、「創価破邪顕正館」の管理人大月天さんの書き込みから引用させていただきますと、

「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです」(日蓮正宗宗務院発行「創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す」)

とありますね。

 「汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく」ということから、御相伝血脈の説明に関するお話であることがわかります。
 つまり、唯授一人の血脈相伝という、本宗の法門伝持にかかる根本法義は、その説かれる立場の者の「器」が問われるということです。

 したがって、創価学会員のみならず、私たち日蓮正宗の信徒をも含めた誰人にも、唯授一人の器(「法器」と申します。)にあらざる者に、ここに仰せの「大法の相伝」の説明を受けることなどあり得ません。

 もし、深い信心によってその一分でも垣間見ることができた者がいたとしても、決してそれを口外することはないでしょうし、それを口外することはまさしく「謗法となる」ことと拝します。

 そもそも、御本仏大聖人様と人法一箇の本門戒壇の大御本尊様と唯授一人の血脈を深く信ずる者にとっては、「説明を求める」気持ちなど、微塵もおきないのです。

 この深い「信」こそ、仏法の神髄であると確信いたしております。

 そしてまた、日蓮正宗から離れた創価学会員や正信会、顕正会等々の人々は、この「信」のない方々であったと思うものです。

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

お疲れ様です

 投稿者:よしゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)22時56分21秒 KD125028011198.ppp.prin.ne.jp
返信・引用
  私は学会員ですが、少し意見を。

やすゆきさんの解釈で(敵対者のいる清澄寺では「心に入れようとしない人(敵対者)には言わない事ですよ」)全く問題ないと思います。
この御文はその意味でしょう。

ただ、阿部日さんが引っ掛かっているのは、
それがすなわち「信解しないものに言うことは『謗法』となる」(宗務院発行文書より)ということの依文とはならないはずだ、ということなのではないでしょうか?

趣旨からずれますが、やすゆきさんの見解を伺いたいです。
 

最初から言ってるんですが(^^ゞ

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)15時55分15秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  ==========================================================
やすゆき先生 へ  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月16日(金)17時28分51秒 58-70-4-228.eonet.ne.jp    引用
   ご多忙の中 どうもありがとうございました。

「ぬ」の勉強になりました。

お返しに ヒントを

「入らぬ」と「入れぬ」の解釈の差が 大きいのではないか?
と再認識させていただきました。

古文の辞書を御覧下さいね! 「入る」は大別して二つの活用の違いがあることが
確認できるとおもいます。

ともあれ
真剣に辞書を引き、説明をしてくださった行為には
この 阿部日 敬意を表します。

解説なしで御書の一文を並べて、あとは 説明不足を相手の信心のせいの
するような愚か者でないことは
私が保証いたします。

楽しかったです。
==============================================================


<再掲>
 四段活用の「入る」は、いわゆる「自動詞」ですから、現代語の「はいる」とほぼ同義と考えていいでしょう。
 一方、下二段活用の「入る」は「他動詞」で、現代語で言えば「いれる」にあたります。
 <打ち消し>の助動詞「ず」は、活用語の未然形に接続しますので、「心に入れぬ人」の「入れ」は未然形であることがわかります。四段活用の「入る」の未然形は「入ら」ですから、この「入れ」は下二段活用の「入る」の未然形であることがわかります。
 ですから「心に入れぬ人」を直訳すると、「心に入(い)れない人」となり、他動詞であることに留意して意訳すれば「心に入(い)れようとしない人」になるのです。

 「心に入らぬ人」では、(人が)「心」に「はいら」「ない」(そのような)「人」となりますので、意味不明ですね。

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: 終止にすると

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)15時52分1秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 心に入れぬ人にはいはぬ(事)法門なり です。


 「法門と申す(もの)は、心に入(い)れぬ人にはいはぬ事なり」 です。


> 打ち消しの「ぬ」は未然形にしかつきません から
>
> いふ の 未然形 が いは になってるわけです。
>
> 未然 というのは 日本語において
>
> 「まだ起こっていないこと」、すなわち「当人(主語)が実際には動作していないこと」を表す形ですね。
>
> 動作の時系列をあらわす活用です。
>
> つまり この 「ぬ」は これからやることを禁止するという指示の意味ではなく
>
> ただ 自分の動作を できる ・ できない という事になります。
>
>
> 現代語表記の言葉尻だけで 「できない」=「やってはいけない」
> と他人の動作を禁止する脳内変換をしなければいけないとは
>
> 日蓮正宗法華講員も落ちぶれたものですねぇぇぇぇぇ


 これこれ、「できる ・ できない」なんて、可能・不可能の意味を勝手に添加しないように。

 「打ち消し」は「不可能」と違うのですよ。(笑)

 脳内変換は君の得意技のようだね。(笑)

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: すばらしい 解釈です

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)15時42分45秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
   やっと、辞書をひいてくれましたか?(笑)

 では、添削いたします。



> 法門と申す は (心に入れぬ人にはいはぬ)事 が 一文ですよね?
>
> 申す(まうす)は もちろん 法門がしゃべってる といういみではありませんよね。(爆)
>
> 丁寧語といいましょうか 考えるうえでは 省いても差し支えないでしょう。

いやいや(笑)勝手に省かないように♪

 「申す」は「言ふ」などの「謙譲語」です。
 (「丁寧語」ではなく「謙譲語」ね♪)

 「謙譲語」とは、その動作の及ぶ対象をうやまう表現で、「客体敬語」ともいいます。

 大聖人様は「法門」に対する敬意をあらわすためにここで「謙譲語」をお使いになっておられるのです。

 ここでの「申す」は終止形ではなく連体形で、「法門と申す(もの)は」と、(もの)が省略されているのです。

 ですから、(法門と申しあげるものは)と、きちんと訳して考えましょう。




> 法門は(心に入れぬ人にはいはぬ)事)にて ですね?
>
> いはぬ事 の 事 は 法門 にかかっている ことから
>
>
> 心に入れぬ人にはいはぬ法門   なわけです
>
> つまり
> 法門(法華経)の説明の部分にあたるわけですね。


 はい、そういう無理矢理な解釈はしないように。(笑)

 「いはぬ事」の「事」は、「申すは」と「いはぬ」を「受けて」いますが、「法門」に「かかって」などおりません。

 したがって、「心に入れぬ人にはいはぬ」という部分は、「法門(法華経)の説明の部分にあたる」ものでなどありません。

 本当に国語力ないね。


> ~に て は 古語辞典によれば
>
> 場所をあらわす 格助詞の 「に」と接続助詞の「て」 とはちがいます
> (前略 道の上にて とかね(笑)
>
>
>
> 断定の助動詞「なり」の連用形と接続助詞の「て」 で
>
> 「状態」をあらわすことになります。
>
> ・・・・という状態で とか ・・・という形で と 現代語訳されます。


 はい、間違い。(^^)

 <断定>の助動詞「なり」の連用形+接続助詞 は正解ですが、

 訳は「~で、~であって」と訳すのです。


 ※ついでですが、格助詞の「に」は「場所」以外にもたくさんの意味・用法がありますよ。



> では やすゆきさんの言うように 解釈すれば
>
> 「法門は言ってはいけない」の状態 と いうのは おかしいのが解るでしょうo(*^▽^*)oあはっ♪


 はい、それは君の解釈♪(^^)

 私の解釈は「法門と申しあげるものは、心に入(い)れない人には言わないこと(ですよ)。」です。

 全然おかしくないことがわかるでしょう。



> そのあとの大聖人の末法の法華経の行者の説明が
>
> まず「言ってはいけない」にすれば 法華経は末法では黙っていないといけない と
> いうことになるのですがプププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!


 そうならないことがもうわかりましたね。

 当時、清澄寺の大衆(僧侶達)の中には、大聖人様の教えを信ずるものもあれば、敵対する者もいたのです。

 ですから、「心に入れぬ人にはいはぬ事」と仰せになり、そのような敵対する者たちには「言わないことだよ。」とお諭しになったのです。

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: 入らぬ は意味不明??? 

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)14時49分8秒 cache2-2.jed.isu.net.sa
返信・引用
  > 法華経へ入らぬ人もあり (撰時抄)
>
> かしこきもはかなきも、此の道に入らぬ人はなし (『唐物語』第18)
>
>
>
> 意味不明ですか???(⌒▽⌒)


 いいえ、明解ですよ♪(笑)


 「法華経へ入らぬ人もあり」

 (法華経(の信仰の道)に入(はい)らない人もある)


 「かしこきもはかなきも、此の道に入らぬ人はなし」

 (すぐれた者でも取るに足らない者でも、この道に入(はい)らない人はいない)


 君は本当に人の言うことを「心に入れぬ人」だねえ。

 私は、「心に入らぬ人」では<意味不明>と申しあげたけれども、「入らぬ」が意味不明とは一っ言も申してはおらぬはずですがね。(笑)

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: ~ にて  も 様々ですね

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)14時40分8秒 cache2-2.jed.isu.net.sa
返信・引用
  > やすゆき先生のおしゃるとおり
>
> 「に」と「て」で分ける方法もありますが
>
> その 「に」は なにの活用形?


<断定>の助動詞「なり」の連用形ですよ。(^^)

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: ぷっ 文脈で

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)14時38分27秒 cache2-2.jed.isu.net.sa
返信・引用
  > 文脈で  うちけし が 禁止 になる 根拠ですよ。
>
>
> 文脈で判断するなら
> 古文のセオリー必要ないですな



「親しい者と親しくない者と(の区別)なく、法門と申しあげるものは、心に入(い)れない人には言わないことですよ、心得てください。」

↑↑↑

この直訳文で根拠は十分だと思うんですがね。


文脈で判断するのは古文のセオリーってことも知らないの??

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

Re: 素直に読んでね

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月19日(月)14時28分21秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  > 御状給り候畢ぬ、親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、
>
> 御本尊図して進候此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後正法よりも像法像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし
>
>
>
>
>    ↑
> 上記を 具体的に述べてみてください (⌒▽⌒)!


「具体的に」ですね(笑)

 まず「御状給はり候ひ畢んぬ。」ですが、
ここは直訳すると「お手紙を頂戴いたしました。」となります。
 本書の宛名が「清澄御房」であり、また、本書中に「御まへと義城房と二人」とあるところより、報恩抄の対告衆である清澄寺の浄顕房・義城房のうち、浄顕房からのお手紙をいただいたとのことを仰せなのです。

 次に「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ。」の一文ですが、直訳いたしますと「親しい者と親しくない者と(の区別)なく、法門と申しあげるものは、心に入(い)れない人には言わないことですよ、心得てください。」となります。
 具体的に申しあげますと、あなた(ケ~ンさん)のように、いくら正しい法門を説かれても、一切自身の心に入(い)れず、とにかく否定しようとばかりする人には、深い法門についての話はしないことです。心得ておきなさい、との仰せと拝するのです。(^^)

 「御本尊図して進らせ候。」とは、「御本尊を書いてさしあげます。」ですから、大聖人様より浄顕房に御本尊様が下付なされたということですね。

 そして、「此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後、正法よりも像法、像法よりも末法の初めには次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば、日本国に是より外に法華経の行者なし。」を拝しましょう。
 「この法華経は、釈尊の御在世よりも釈尊の滅後、(三時の)正法よりも像法、像法よりも末法の初めには(というように)、次第に怨敵が強くなるはずだということだけでも、もしお心にあるのであるならば、日本国に私(大聖人様)以外に法華経の行者はいない(ということがわかるでしょう)。」となります。

 ですから、「これを皆人存じ候ひぬべし。」は、「これ(日本国に大聖人様以外に法華経の行者はいないということ)を、皆人はきっと知っているにちがいありません。」となります。



 具体的に述べることができたのは、「心に入れぬ人」のみですが、以上です。

http://9116.teacup.com/kotenbunpou/bbs

 

終止にすると

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時45分27秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  心に入れぬ人にはいはぬ(事)法門なり です。

打ち消しの「ぬ」は未然形にしかつきません から

いふ の 未然形 が いは になってるわけです。

未然 というのは 日本語において

「まだ起こっていないこと」、すなわち「当人(主語)が実際には動作していないこと」を表す形ですね。

動作の時系列をあらわす活用です。

つまり この 「ぬ」は これからやることを禁止するという指示の意味ではなく

ただ 自分の動作を できる ・ できない という事になります。


現代語表記の言葉尻だけで 「できない」=「やってはいけない」
と他人の動作を禁止する脳内変換をしなければいけないとは

日蓮正宗法華講員も落ちぶれたものですねぇぇぇぇぇ
 

すばらしい 解釈です

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時44分23秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  >法門と申すは 心に入れぬ人にはいはぬ事 で一文を完結できることがわかるでしょう。


法門と申す は (心に入れぬ人にはいはぬ)事 が 一文ですよね?

申す(まうす)は もちろん 法門がしゃべってる といういみではありませんよね。(爆)

丁寧語といいましょうか 考えるうえでは 省いても差し支えないでしょう。

法門は(心に入れぬ人にはいはぬ)事)にて ですね?

いはぬ事 の 事 は 法門 にかかっている ことから


心に入れぬ人にはいはぬ法門   なわけです

つまり
法門(法華経)の説明の部分にあたるわけですね。


~に て は 古語辞典によれば

場所をあらわす 格助詞の 「に」と接続助詞の「て」 とはちがいます
(前略 道の上にて とかね(笑)



断定の助動詞「なり」の連用形と接続助詞の「て」 で

「状態」をあらわすことになります。

・・・・という状態で とか ・・・という形で と 現代語訳されます。



では やすゆきさんの言うように 解釈すれば

「法門は言ってはいけない」の状態 と いうのは おかしいのが解るでしょうo(*^▽^*)oあはっ♪

そのあとの大聖人の末法の法華経の行者の説明が

まず「言ってはいけない」にすれば 法華経は末法では黙っていないといけない と
いうことになるのですがプププッ(* ̄m ̄)ノ彡☆ばんばん!!
 

入らぬ は意味不明??? 

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時43分15秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  法華経へ入らぬ人もあり (撰時抄)

かしこきもはかなきも、此の道に入らぬ人はなし (『唐物語』第18)



意味不明ですか???(⌒▽⌒)
 

~ にて  も 様々ですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時42分9秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  やすゆき先生のおしゃるとおり

「に」と「て」で分ける方法もありますが

その 「に」は なにの活用形?
 

ぷっ 文脈で

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時40分53秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  文脈で  うちけし が 禁止 になる 根拠ですよ。


文脈で判断するなら
古文のセオリー必要ないですな
 

Re: あ 意味わかんないかな

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時39分29秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > > > > 言葉をしゃべらない
> > > >
> > > > と
> > > >
> > > > 言葉をしゃべってはいけない     の 差は?
> > >
> > > 言葉遊びみたいですね~
> > >
> > > ものいはぬ(四方の)獣 は ものをいってないけないケダモノになるわけですね(爆)
> >
> >
> >  ものをいわない獣 ですよ(^^)
>
>
> そうそう それを いってはいけない に変換する 根拠を 聞いておるのです


「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ。」

「文脈」です。

「にて」の「に」と「て」が別々の単語であることがわかれば、「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事」で一文を完結できることがわかるでしょう、(^^)
 

素直に読んでね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時38分14秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  御状給り候畢ぬ、親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、

御本尊図して進候此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後正法よりも像法像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし




   ↑
上記を 具体的に述べてみてください (⌒▽⌒)!
 

Re: あ 意味わかんないかな

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時34分33秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > > > 言葉をしゃべらない
> > >
> > > と
> > >
> > > 言葉をしゃべってはいけない     の 差は?
> >
> > 言葉遊びみたいですね~
> >
> > ものいはぬ(四方の)獣 は ものをいってないけないケダモノになるわけですね(爆)
>
>
>  ものをいわない獣 ですよ(^^)


そうそう それを いってはいけない に変換する 根拠を 聞いておるのです
 

さらに

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時31分47秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 入らぬ と 入れぬ の差は
>
> 「ぬ」 を 文法通り ~ない にすれば
>
> 入(はい)らない と 入(い)れない だけど
>
> 入(い)れない だけみると
>


下記のような解釈はできません


> 「入ることが できない」 行動の結果できなかった
> 「入ること  いけない」 行動を制止された
>
> その違いは どこでみわけますか? ってことなんですが

「何か」を「入(い)れない」としか解釈できないのです。

「何か」とは、ここでは、「報恩抄」に説かれた「甚深の法門」を指します。
 

Re: ちなみにね

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時29分55秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 入らぬ と 入れぬ の差は
>
> 「ぬ」 を 文法通り ~ない にすれば
>
> 入らない と 入れない だけど
>
> 入れない だけみると
>
> 「入ることが できない」 行動の結果できなかった
> 「入ること  いけない」 行動を制止された
>
> その違いは どこでみわけますか? ってことなんですが

<再掲>
 四段活用の「入る」は、いわゆる「自動詞」ですから、現代語の「はいる」とほぼ同義と考えていいでしょう。
 一方、下二段活用の「入る」は「他動詞」で、現代語で言えば「いれる」にあたります。
 <打ち消し>の助動詞「ず」は、活用語の未然形に接続しますので、「心に入れぬ人」の「入れ」は未然形であることがわかります。四段活用の「入る」の未然形は「入ら」ですから、この「入れ」は下二段活用の「入る」の未然形であることがわかります。
 ですから「心に入れぬ人」を直訳すると、「心に入(い)れない人」となり、他動詞であることに留意して意訳すれば「心に入(い)れようとしない人」になるのです。

 「心に入らぬ人」では、(人が)「心」に「はいら」「ない」(そのような)「人」となりますので、意味不明ですね。
 

Re: あ 意味わかんないかな

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時27分51秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用 編集済
  > > 言葉をしゃべらない
> >
> > と
> >
> > 言葉をしゃべってはいけない     の 差は?
>
> 言葉遊びみたいですね~
>
> ものいはぬ(四方の)獣 は ものをいってないけないケダモノになるわけですね(爆)


 ものをいわない獣 ですよ(^^)
 

ちなみにね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時26分8秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  入らぬ と 入れぬ の差は

「ぬ」 を 文法通り ~ない にすれば

入らない と 入れない だけど

入れない だけみると

「入ることが できない」 行動の結果できなかった
「入ること  いけない」 行動を制止された

その違いは どこでみわけますか? ってことなんですが
 

あ 意味わかんないかな

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時24分48秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 言葉をしゃべらない
>
> と
>
> 言葉をしゃべってはいけない     の 差は?

言葉遊びみたいですね~

ものいはぬ(四方の)獣 は ものをいってないけないケダモノになるわけですね(爆)
 

Re: 古語のびてまんなー。

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時23分33秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > これまでにない新しい古語解釈の分野を開こうとなさっている、やすゆき先生。
> その解釈で、日本語学会などで発表されるのでしょうか。なかなかに斬新で画期的ですよ。
>
> まあ、板ちがいだとおもいますねぇ~。(-o)y-```

 確かに「板違い」ですねm(__)m

 ただ、元は貴方のお仲間のケ~ン氏が始めたことですよ(笑)

 「これまでにない新しい古語解釈の分野を開こうとなさっている」のもケ~ン氏です。


 私の解釈は「教科書どおり」♪
 

古語のびてまんなー。

 投稿者:卞氏@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時22分26秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  これまでにない新しい古語解釈の分野を開こうとなさっている、やすゆき先生。
その解釈で、日本語学会などで発表されるのでしょうか。なかなかに斬新で画期的ですよ。

まあ、板ちがいだとおもいますねぇ~。(-o)y-```
 

Re: じゃね やすゆき先生

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時20分34秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 言葉をしゃべらない
>
> と
>
> 言葉をしゃべってはいけない     の 差は?


 見ての通りです。(^^)
 

Re: へ~

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時19分31秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > いはぬ事
>
> と
>
> いはざる事  は 両方とも  同義 (・m・ )クスッ
>
>
> 「ぬ」と「ざる」は どあいがちがう ということで?


 度合いと言うよりは「ニュアンス」程度でしょうね。(^^)
 

じゃね やすゆき先生

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時18分13秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  言葉をしゃべらない



言葉をしゃべってはいけない     の 差は?
 

へ~

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時17分0秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  いはぬ事



いはざる事  は 両方とも  同義 (・m・ )クスッ


「ぬ」と「ざる」は どあいがちがう ということで?
 

Re: じゃね やすゆき先生

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時15分43秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > > > 人倫を侮らざる事」
> > >
> > >  「ざる」も<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形ですね。
> > >
> > >
> > > じゃなぜ 侮らぬ事 にならないのですか(・m・ )クスッ
> >
> >
> >  なりますよ(笑)
>
>
> なった場合 どう解釈します?


 変わりません。同意でよろしいですよ。(^^)
 

Re: じゃね やすゆき先生

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時14分36秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > > 人倫を侮らざる事」
> >
> >  「ざる」も<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形ですね。
> >
> >
> > じゃなぜ 侮らぬ事 にならないのですか(・m・ )クスッ
>
>
>  なりますよ(笑)


なった場合 どう解釈します?
 

Re: さらに

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時13分4秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > いはぬ事が
>
> いはざる事 になると どういう意味になりますか (・m・ )クスッ

 同意です。(^^)
 

Re: じゃね やすゆき先生

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時10分18秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 人倫を侮らざる事」
>
>  「ざる」も<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形ですね。
>
>
> じゃなぜ 侮らぬ事 にならないのですか(・m・ )クスッ


 なりますよ(笑)
 

Re: しらないんですね

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時09分10秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 言ったでしょう
>
> 入らぬ人 と  入れぬ人 とでは 解釈が違うって
>
>
> やすゆき先生は 御書を読んでいないのですか (爆)
>
> ちなみに 古文辞書には
>
> 「入る」には 「会得する」という意味もありますね~


 例えば?(^^)
 

さらに

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時07分30秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  いはぬ事が

いはざる事 になると どういう意味になりますか (・m・ )クスッ
 

じゃね やすゆき先生

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時06分30秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  人倫を侮らざる事」

 「ざる」も<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形ですね。


じゃなぜ 侮らぬ事 にならないのですか(・m・ )クスッ
 

しらないんですね

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)12時05分4秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  言ったでしょう

入らぬ人 と  入れぬ人 とでは 解釈が違うって


やすゆき先生は 御書を読んでいないのですか (爆)

ちなみに 古文辞書には

「入る」には 「会得する」という意味もありますね~
 

また、間違ってる(笑)

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)12時03分26秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > 言わない事! 言わないこと! 言ってはいけないこと!
>
>
> 原文
>
>
> いはぬ事 にて
>
>
>
> はい今度は ~にて を ひいてみてごらんな


 今度はあなたが説明してごらん。

 一度くらいは、答えてみようよ。
 

古文でも同じです(笑)

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)11時44分21秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  > さて、あなたがこだわっていた「いはぬ事」の件ですが、直訳いたしますと「言わないこと」となります。
>
>  「~すること」「~しないこと」という言い方は、やわらかい「命令」「禁止」の用法として、家訓などの箇条書きによく見られるところです。
>
>  簡単ですね
>
>
>
>
>
> へ~ 打ち消しの「ぬ」が 現代文では かるい禁止 になる _(_△_)ノ彡☆ギャハハ!!バンバン!!


 例えば、十訓抄の「第三  人倫を侮らざる事」

 「ざる」も<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形ですね。

 「人を馬鹿にしてはいけない」という意味になります。

 「禁止」ですね。


 次に、 花巻地方の商家「松田屋」の家訓。

松田屋処世十訓
 一、今日一日は未来永劫再び逢ひがたき一日なりと心得て時間を徒らに費さゞる事
 二、一樹の蔭と雖も未来永劫の住所なりと心得て不實の思を作ざる事
 三、一粒一片の徴物といへども皆是れ神仏の光明なりと心得て粗略に致さゞる事
 四、一家の親しき中といへども各自の要務と用品とを厳重に差別し決して乱用乱費せざる事
 五、手足は用れども尽ぬものなれは璞を磨くの思ひにて如何なる労働も楽しみて勤むる事
 六、夫婦主従の親しき中といへども馴れて我儘の起らば初対面の時の心にたちかへり見る事
 七、他人より嘲 叱責を受くるは他日の光明なりと心得深く我身を省みて己は人を誹謗ぬ事
 八、総て感激の余り怒り哀み且つ喜ぶ心の起こりたる時は正身座實相を観じて言語を発せざる事
 九、人に逢ふ時は好き嫌いを問はず総て愛敬を以てしかりそめの契約も自己の分限と實行時間の有無を考えて取り結ぶ事
 十、唯独り住み唯独り行くといへども神明仏陀の照鑑ある事を信じて善悪因果の免れざる事を恐れ慎む可き事
 右條目今日一日堅く相守り申すべきものなり。


(「松田屋処世十訓」花巻歴史民族資料館蔵)


 もう、わかりましたか?
 

直訳いたしますと「言わないこと」となります

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)11時42分52秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  言わない事! 言わないこと! 言ってはいけないこと!


原文


いはぬ事 にて



はい今度は ~にて を ひいてみてごらんな
 

へ~

 投稿者:阿部日ケ~ン(院政)@代理投稿  投稿日:2007年 2月16日(金)11時41分43秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  さて、あなたがこだわっていた「いはぬ事」の件ですが、直訳いたしますと「言わないこと」となります。

 「~すること」「~しないこと」という言い方は、やわらかい「命令」「禁止」の用法として、家訓などの箇条書きによく見られるところです。

 簡単ですね





へ~ 打ち消しの「ぬ」が 現代文では かるい禁止 になる _(_△_)ノ彡☆ギャハハ!!バンバン!!
 

ケ~ンさんへ☆

 投稿者:やすゆき  投稿日:2007年 2月16日(金)11時39分48秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  宿題はどうしたのかな?(笑)



<最初の投稿>

阿部日ケ~ン(院政) 58-70-5-139.eonet.ne.jp さんへ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)14時51分48秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

(中略)
> では 「仮に」 でけっこうです
> 「心に入れぬ人 には いはぬ 事にて」は
> 「心に入れぬ人 には 言えるにも言えない 事で」 になりますね
> 今度は同じように 「心に入れぬ人」 は 心に入れようとしない ではありません
> それならば 「心に入らぬ人」 になります
> これは撰時抄におなじ用法がありますね
> 「或は彼の経に著をなして法華経へ入らぬ人もあり」

 ケ~ンさん、見落とされたのでしょうか?
 それとも、古語辞典をお持ちではないのでしょうか?

 「心に入れぬ人にはいはぬ事にて」の解釈は「心に入れようとしない人には言わないこと」でいいのですよ。

 「心に入らぬ人」では、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます。

 生半可な知識をひけらかすのはやめましょうね。


<以上>

 この書き込みに対し、あなたは

>「れ」 と 「ら」 の助動詞は 意味が違います

と仰せになりましたので、私は

「れ」「ら」は助動詞ですか?(問1)
「心に入れぬ人」を単語に分けて品詞を分類して、体言以外の単語の文法的意味を説明してください。(問2)

という発問をしましたが、お答えをいただいておりません。

したがって、ヒントとして「心/に/入れ/ぬ/人」と、単語に分けてさしあげた上で、このうち「活用のある語」はどれですか?(問3)と発問しましたが、だんまりです。

 さらに、「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形であることはわかっていますか?(問4)と「はい」か「いいえ」で答えられるような質問にも答えていません。しかも、この発問は「文法的意味の説明」の「書き方」のお手本としたのですが、そのことにも気づかなかったようですね。

 さらに「入れ」の読みをひらがなで書いてください(問5)という簡単な質問にさえ答えません。

 あまりにも程度が低いので、これでは御書はおろか、普通の会話も成り立たないだろうことは容易に想像できます。

 これこそが、創価学会という誤った信仰をしているために蒙った現証と言えます。

 創価学会は日蓮正宗の信徒団体であったのですが、団体の責任者が、「自分が一番偉いんだ」(自慢)、「創価学会が大きくなることが広宣流布だ。だから俺が広宣流布をしたんだ。」(邪見)、「もっと布教しやすいように教義を工夫するんだ。」(正法破壊)という考えにとりつかれ、日蓮正宗の教えを守らなくなったために破門されました。

 あなたの思考回路は、まさしく創価学会の業のコピーと言って差し支えないでしょう。


<<解答>>

問1.「れ」も「ら」も助動詞ではない。
「れ」は、ラ行下二段活用動詞「入る(いる)」の未然形の活用語尾。
   「ら」は、ラ行四段活用動詞「入る(いる)」の未然形の活用語尾。

問2.心/に/入れ/ぬ/人。
   このうち体言は「心」と「人」。
   「に」は連用修飾格を示す格助詞で動作・作用の対象または帰着点を示す。
   「入れ」はラ行下二段活用動詞「入る(いる)」の未然形。
   「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形。

問3.「入れ」と「ぬ」

問4.解答者の認識の問題であるため省略。

問5.いれ


 四段活用の「入る」は、いわゆる「自動詞」ですから、現代語の「はいる」とほぼ同義と考えていいでしょう。
 一方、下二段活用の「入る」は「他動詞」で、現代語で言えば「いれる」にあたります。
 <打ち消し>の助動詞「ず」は、活用語の未然形に接続しますので、「心に入れぬ人」の「入れ」は未然形であることがわかります。四段活用の「入る」の未然形は「入ら」ですから、この「入れ」は下二段活用の「入る」の未然形であることがわかります。
 ですから「心に入れぬ人」を直訳すると、「心に入れない人」となり、他動詞であることに留意して意訳すれば「心に入れようとしない人」になるのです。

 「心に入らぬ人」では、(人が)「心」に「はいら」「ない」(そのような)「人」となりますので、意味不明ですね。
 そう考えれば、最初に解釈した「心に入れようとしても入らない人」も、少し無理がありますね。
 「心に入らぬ人」では、「意味不明」と訂正させていただきます。


 さて、あなたがこだわっていた「いはぬ事」の件ですが、直訳いたしますと「言わないこと」となります。

 「~すること」「~しないこと」という言い方は、やわらかい「命令」「禁止」の用法として、家訓などの箇条書きによく見られるところです。

 簡単ですね。
 

関連過去ログ⑬

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時35分21秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  君は現代語も不自由なようだね
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時22分57秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> > やすゆき先生の珍解説をききたくてまっていたんですよぉ
> >
> > さぁさぁ 続き 続き
> >
> > いい視点だね
> >
> > だから いはぬ は どう品詞分解 すんの?
> >
> > 二つの言い方はどうちがうの~~(´m`)クスクス
> >
> >
> >
> >
> > 「ず」の 連体形 ? 古文に 連体 ってあったっけね (´m`)クスクス
>
> あ ごめんごめん おいしいとこまちがっちゃった (笑)


 どこをどう訂正したのかな?
 簡潔に説明しましょう。


Re: あ、そうそう。
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時24分51秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> >  君の書き込みを読んでいると不安になってきたので、もうひとつ質問を追加します。
> >
> >  「心に入れぬ人」の「入れ」の「読み」をひらがなで書いてごらん。
>
>
>
> 入れの 読みを キミの 古語辞典で ひいてごらん (´m`)クスクス
>
> たぶん一つしか出てこないよ

 君は「入れ」で辞書をひくのかね?(爆笑)

 答えるのは    キ    ミ    ♪


かわいいんだけどさ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時26分23秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

ごまかすのに必死だね(^^)


じゃ、また明日
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時27分23秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

今日はここまで。


いやぁ たのしいなぁ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)23時25分52秒
60-56-160-107.eonet.ne.jp    引用

串経由の兄ちゃんがこそこそやってるね

意図的な間違いに全てかみつくタイプだ

自分の一字一句思い通りの答えが帰ってこないと お気に召さない じゃじゃ馬さん(='m')くすくすっ♪

打ち消しの「ぬ」が たった いはぬ の活用の中にあるだけで

「~してはいけない」(いってはいけない)という 制止 または 禁止の言葉に

変換して つじつまを合わせようとするんですから ゴマカシに必死です

あと 何日 嘲笑してひっぱれるかな 《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛うふふ~

昔 中学で

食べる

食べられる   の違いを教えてもらった頃をおもいだすなぁ(笑)


動詞の打ち消し というのは

食べる → 食べない

しゃべる → しゃべらない  の 能動的行動 の打ち消しなのに

いう → いってはいけない の 制止的命令形に なっちゃうんですね

いやぁ 興味深いな

所詮 串経由の逃げ道つくってる お方だし


臆病を隠すために必死になってるからかなしいなぁ


そもそもですね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)23時34分32秒
60-56-160-107.eonet.ne.jp    引用

どんどん最初の趣旨を誤魔化していく愚か者タイプね


大月天さんも旗色が悪くなると
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)23時39分25秒
60-56-160-107.eonet.ne.jp    引用

詰るタイプだしなぁ・・

法華講さんってカルシウム不足なのかもね

いつまでたっても開眼の義と儀式の内容を答えられないし

法門を語らずして破折ができるのか 答えられないし

聞き入れない人には 「いってはいけない」のが 宗務院の通達なのに
言おうとして必死だし

これを 苦悩乱者頭破七分 といわずしてなんというのかな
 

関連過去ログ⑫

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時33分30秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  じゃね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)18時19分17秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

いわぬ も 打ち消しの 禁止なの?


ぬは打ち消しの「ず」 の連体形
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)18時27分6秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

>
> では、この文の中には「ぬ」の他にもう一つ活用語がありますね。
> それは何ですか?ケ~ンさん。

入れぬ の 「ぬ」 と いはぬ の 「ぬ」は ちがうと おっしゃりたいわけですね


愚かしい退転者さんへ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)17時03分45秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

※問う真言亡国とは証文何なる経論に出ずるや、答う法華誹謗正法向背の故なり、
      問う亡国の証文之無くば云何に信ず可きや、答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡国堕獄疑い無し、
     凡そ謗法とは謗仏謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり、

(真言諸宗違目)

この御書の真意は真言宗だけの破折でしょうか?

むしろ日蓮正宗のほうが 法主のやることなすことは大聖人と一体なんて 真言クサイ


意味わかってんのかねぇぇえ
   仏・法・僧 の三宝は一体だから

法を誹ることになる真言宗の 謗法 は 謗仏謗僧 と同じだ

つうことでないの?

もちろん ワシらは仏の大聖人の法華経を信じて行動してますから

僧の姿をしたケダモノは正体を暴いてあげますけど



◎ 念仏無間 → 御本尊さまにすがれば成仏できるという姿は法華講員さんの
            エンドレスなアホさ加減に現れてます

◎ 真言亡国 → 法主と日蓮大聖人を同一視してしまい、現実には
           日蓮正宗は廃れていってる一方なのにソレが信じられない
           日蓮正宗法華講員のおかげですね

◎ 禅天魔  → 登山して自分だけが幸せなら相手なんてどうでもいいなんて
           被害者を嘲笑う法華講員の姿です

◎ 律国賊  → 戒律重視で世法となじめない結果、現実と乖離して民を惑わす
           まさしく架空の750年のしきたりにこだわる日蓮正宗法華講の姿です


ほら ピッタリ


ケ~ンさん(^^)
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)17時41分32秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

 宿題はどうしたの?

 ざっと見たとこ提出されてないようだけど。

 宿題もせずに、また珍妙解釈展開しちゃいけませんよ。(笑)

 君が恥を晒すのがかわいそうだから、忠告してるんですよ。

 取消すなら早いうちがいいですよ。


はい まっておりました
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)18時38分39秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

やすゆき先生の珍解説をききたくてまっていたんですよぉ

さぁさぁ 続き 続き

いい視点だね

だから いはぬ は どう品詞分解 すんの?

二つの言い方はどうちがうの~~(´m`)クスクス




「ず」の 連体形 ? 古文に 連体 ってあったっけね (´m`)クスクス


Re: はい まっておりました
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)18時41分35秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

> やすゆき先生の珍解説をききたくてまっていたんですよぉ
>
> さぁさぁ 続き 続き
>
> いい視点だね
>
> だから いはぬ は どう品詞分解 すんの?
>
> 二つの言い方はどうちがうの~~(´m`)クスクス
>
>
>
>
> 「ず」の 連体形 ? 古文に 連体 ってあったっけね (´m`)クスクス

あ ごめんごめん おいしいとこまちがっちゃった (笑)


やすゆき先生 教えてね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)18時46分23秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

いはぬ事 も 入れぬ人 も 名詞にくっついてるよね

では この 「ぬ」は 終始 じゃないよね(*∇)ウフフフフ

いは は いふ の ナニ形?

入らぬ は 入る の ナニ形?


また美味しいとこ まちがった(笑)やすゆき先生 教えてね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)18時56分10秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

> いはぬ事 も 入れぬ人 も 名詞にくっついてるよね
>
> では この 「ぬ」は 終止 じゃないよね(*∇)ウフフフフ
>
> いは は いふ の ナニ形?
>
> 入ら は 入る の ナニ形?


そっちの解説もちゃんとしてあげるから
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時01分13秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

宿題をまずすましましょうね

 ・・・・・それにしても、

>「ず」の 連体形 ? 古文に 連体 ってあったっけね (´m`)クスクス

無知だね、君は。

 一から教えないといけないようだね。

 しかし、それではとても御書は読めないね。

 さすが、創価学会。


あ、そうそう。
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時05分52秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

 君の書き込みを読んでいると不安になってきたので、もうひとつ質問を追加します。

 「心に入れぬ人」の「入れ」の「読み」をひらがなで書いてごらん。


Re: そっちの解説もちゃんとしてあげるから
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)19時10分4秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

> 宿題をまずすましましょうね
>
>  ・・・・・それにしても、
>
> >「ず」の 連体形 ? 古文に 連体 ってあったっけね (´m`)クスクス
>
> 無知だね、君は。
>
>  一から教えないといけないようだね。
>
>  しかし、それではとても御書は読めないね。
>
>  さすが、創価学会。


訂正してるのに ヤッパリ食いついたね _(_△_)ノ彡☆ギャハハ!!バンバン!!


さすが 法華講


Re: あ、そうそう。
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)19時11分38秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

>  君の書き込みを読んでいると不安になってきたので、もうひとつ質問を追加します。
>
>  「心に入れぬ人」の「入れ」の「読み」をひらがなで書いてごらん。



入れの 読みを キミの 古語辞典で ひいてごらん (´m`)クスクス

たぶん一つしか出てこないよ


ケ~ンさん、では期限を一日延ばしてあげますので
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月14日(水)19時20分6秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

単語と品詞分類、古文における活用形の名称とその用法、動詞の活用の種類について、きちんと自習した上で、解答してください。


おそるおそるやってないでね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月14日(水)19時21分41秒
58-70-22-149.eonet.ne.jp    引用

動詞の打ち消しの「ぬ」がどういうふうに 禁止 に 化けるのか

学説を披露すればいいのに・・・

そんじゃ 夜中にね^~~^
 

関連過去ログ⑩

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時30分27秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  カルタ遊びがすきなんですねぇ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時04分35秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

※あのね、「いはぬ」は助動詞ではなく、動詞+助動詞ですよ(笑)


ん それで?

いはぬ は いってはいけない という 禁止の用法なの?

私も表記がおかしかったのですね ありがとうございます


さ どんどん 教えてください
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時08分25秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

「れ」と「ら」の違いを 是非講義なさってください


ケ~ンさんへ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)17時30分31秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

 人材の豊富な創価学会ではありませんか。

 古文の先生に聞いて御覧なさい。ね♪



 心/に/入れ/ぬ/人

 さあ、活用語はどれですか?


やすゆき先生 教えて
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時40分13秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

※「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます

じゃね

「心に入らぬ人」は ? っていうことなんだけど (´m`)クスクス


最初からワシが問題にしてるのはね


もっと簡単なことでしょう
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時44分45秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

いはぬ が 問題なんですけどねぇ・・・


まず「わかりません」と答えましょうね
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)17時46分57秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> ※「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます
>
> じゃね
>
> 「心に入らぬ人」は ? っていうことなんだけど (´m`)クスクス
>
>
> 最初からワシが問題にしてるのはね


 「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形であることはわかりますか?


やすゆき先生ワケワカンナイ投稿ですね。
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時49分33秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

>
>
>  たとえばね、現代語で
>
>  「この柵の中には入らないことです。」
>
>  「この柵の中に入ってはいけません。」
>
> という二つの言い方を比較してご覧。
>
>  伝えるべき意味は同じかな?違うかな?



いい視点だね

だから いはぬ は どう品詞分解 すんの?

二つの言い方はどうちがうの~~(´m`)クスクス


入らないことです って どういう意味?


ああ、もう、ちゃんと読みなさい
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)17時50分45秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> ※「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます
>
> じゃね
>
> 「心に入らぬ人」は ? っていうことなんだけど (´m`)クスクス
>
>
> 最初からワシが問題にしてるのはね


「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしない人」

「心にいらぬ人」が、「心に入れようとしても入らない人」って言ったでしょう。

何聞いてんの?

立ってなさい。


やす
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時53分6秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

> > ※「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます
> >
> > じゃね
> >
> > 「心に入らぬ人」は ? っていうことなんだけど (´m`)クスクス
> >
> >
> > 最初からワシが問題にしてるのはね
>
>
>  「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形であることはわかりますか?



打ち消しは 禁止(命令)ですか ってことなんですが


Re: やすゆき先生ワケワカンナイ投稿ですね。
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)17時54分8秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> >
> >
> >  たとえばね、現代語で
> >
> >  「この柵の中には入らないことです。」
> >
> >  「この柵の中に入ってはいけません。」
> >
> > という二つの言い方を比較してご覧。
> >
> >  伝えるべき意味は同じかな?違うかな?
>
>
>
> いい視点だね
>
> だから いはぬ は どう品詞分解 すんの?
>
> 二つの言い方はどうちがうの~~(´m`)クスクス
>
>
> 入らないことです って どういう意味?



 わからないの?

 君の母国語、日本語だよね?
 違うの?

 ちゃんと、音読してからもう一度考えなさい。


理解力の低い生徒だこと
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)17時56分44秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> > > ※「心に入れぬ人」は、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます
> > >
> > > じゃね
> > >
> > > 「心に入らぬ人」は ? っていうことなんだけど (´m`)クスクス
> > >
> > >
> > > 最初からワシが問題にしてるのはね
> >
> >
> >  「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形であることはわかりますか?
>
>
>
> 打ち消しは 禁止(命令)ですか ってことなんですが


ひとつひとつ、あなたにもわかるように教えてあげてるんだから、ちゃんと受け止めなさい。

聞かれたことに答えましょう。


まとめておきますね
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)18時10分13秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用  編集済

「心に入れぬ人」とは、「心に入れようとしない人」という意味になる。

「心に入らぬ人」とは、「心に入れようとしても入らない人」という意味になります。

「心に入れぬ人」を単語に分けると、「心/に/入れ/ぬ/人」となります。

この文の「ぬ」は<打ち消し>の助動詞「ず」の連体形です。

ここまではよろしいですか?

では、この文の中には「ぬ」の他にもう一つ活用語がありますね。
それは何ですか?ケ~ンさん。


では、今日はここまで
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)18時14分34秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

ケ~ンさん、明日までに宿題の解答を出しておいてください。
 

関連過去ログ⑨

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時29分9秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  ケ~ンさん
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)15時05分44秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

 本当に「助動詞」でいいの?

 一度「心に入れぬ人」を品詞分解して、体言以外の単語の文法的意味を説明してください。


打ち合わせ中ですか?(笑)
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)15時20分8秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

・・・急に答が遅くなった(笑)


では、仕事に戻りますので
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)15時21分25秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

どうぞ、ごゆっくり♪


これはなかなかいい投稿ですね。
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)15時59分25秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用  編集済

> ※譬えば母の子に病あると知れども当時の苦を悲んで左右なく灸を加へざるが如し、喜根菩薩は慈の故に当時の苦をばかへりみず後の楽を思いて強いて之を説き聞かしむ、譬えば父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚不退の菩薩名をしらず
>
>  (唱法華題目抄)
>
> ※方便品等には機をかがみて此の経を説くべしと見え不軽品には謗ずとも唯強いて之を説くべしと見え侍り一経の前後水火の如し、然るを天台大師会して云く「本已に善有るは釈迦小を以て之を将護し本未だ善有らざるは不軽大を以て之を強毒す」文文の心は本と善根ありて今生の内に得解すべき者の為には直に法華経を説くべし、然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし、本と大の善根もなく今も法華経を信ずべからずなにとなくとも悪道に堕ちぬべき故に但押して法華経を説いて之を謗ぜしめて逆縁ともなせと会する文なり、此の釈の如きは末代には善無き者は多く善有る者は少し故に悪道に堕ちんこと疑い無し、同くは法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説いて謗縁を結ぶべき時節なる事諍い無き者をや
>
> (唱法華題目抄)
>
>
> ハイ これのどこが 邪義破折班のいう
>
> 「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
> (御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、
>
> ”信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります”
>
> と合致しますか ?(@’ω’@)ん?


 なんの矛盾もありませんよ。


 ケ~ンさんは、もう既に「灸を加」えられており、「毒鼓の縁」を結んでおられるのです。

 つまり、「心に入らぬ人」には「いふべき事」であり、「灸を加」え「強いて説き聞か」すべきでありますが、「心に入れぬ人」には「いはぬ事」なのですよ。


 もうわかったかな?(まあ、「悩乱した君たちにはわからないんだろうなぁ」(笑))


支離滅裂 投稿ですね。
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)16時39分22秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

(引用省略)

やっぱり君もかちがっていますね

いはぬ事=いってはいけない という制止(禁止)であるということを説明してご覧なさい
残しておくからさ _(▼∀▼)ノ彡☆ バンバン!!


再掲 いはぬ事は 言えそうで言えないこと
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)16時43分9秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

それは、この文章を現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。
四方のけだもの とは 動物の全般のことをさしています

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか?

邪義破折班の解釈のように 「いはぬ」 を いってはいけない ということにすれば


言葉を言ってはいけない動物たち  というふうになりますが いかがですか?


困りましたねぇ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)16時46分39秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

> さて、物とはお主からして言葉と解釈するならば『言葉を言わ
> ぬ獣』となるであろう。
>さて、ならば『人にはいはぬ事』とは、つまり『人には話すべ
> きものではない』となるであろう。
>
> つまり掛かる言葉に依って『いはぬ』の意が変化しているので
> ある。

     ↑

なにが「ならば」ですか(失笑)
かかることばで「いはぬ」の意味がかわるなんて
どういう 用法に のっとっていってるんでしょ

~に(を)言ってはいけない は 「~いふべからず」 になるんですが・・・


「まず結果ありき」 の 解釈は 御書であっても
 こういうふうに曲解しなければならない という良い例ですね


そもそも
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)16時51分6秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

報恩抄送文は

いわば 邪宗である もと師匠の墓の前で 読んで上げてください
って託されてる御文だよ?


人に質問する前に質問に答えましょう>ケ~ンさんへ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)16時52分52秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> >  ケ~ンさん、見落とされたのでしょうか?
> >  それとも、古語辞典をお持ちではないのでしょうか?
> >
> >  「心に入れぬ人にはいはぬ事にて」の解釈は「心に入れようとしない人には言わないこと」でいいのですよ。
> >
> >  「心に入らぬ人」では、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます。
> >
> >  生半可な知識をひけらかすのはやめましょうね。
>
>
>
> 「れ」 と 「ら」 の助動詞は 意味が違います
>
> 混乱してませんか (´m`)クスクス


 (笑)「れ」「ら」を助動詞と思っていたんだ!!

 恥ずかしい人ですね(⌒▽⌒)


(問)「心に入れぬ人」を品詞分解して、体言以外の単語の文法的意味を説明してください。


Re: 支離滅裂 投稿ですね。
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)16時58分19秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

 まったく♪

 大丈夫ですか?



> やっぱり君もかちがっていますね
>
> いはぬ事=いってはいけない という制止(禁止)であるということを説明してご覧なさい
> 残しておくからさ _(▼∀▼)ノ彡☆ バンバン!!



 たとえばね、現代語で

 「この柵の中には入らないことです。」

 「この柵の中に入ってはいけません。」

という二つの言い方を比較してご覧。

 伝えるべき意味は同じかな?違うかな?


Re: 再掲 いはぬ事は 言えそうで言えないこと
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)16時59分51秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> それは、この文章を現代語訳してみてください
>
> ◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ
>
> この場合の 物 とは 言葉の事です。
> 四方のけだもの とは 動物の全般のことをさしています
>
> 「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか?
>
> 邪義破折班の解釈のように 「いはぬ」 を いってはいけない ということにすれば
>
>
> 言葉を言ってはいけない動物たち  というふうになりますが いかがですか?


 あのね、「いはぬ」は助動詞ではなく、動詞+助動詞ですよ(笑)


人に質問する前に質問に答えましょう
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)17時02分5秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

>
>  (笑)「れ」「ら」を助動詞と思っていたんだ!!
>
>  恥ずかしい人ですね(⌒▽⌒)
>
>
> (問)「心に入れぬ人」を品詞分解して、体言以外の単語の文法的意味を説明してください。


もう一度 その恥ずかしい人に ご高説をのべてみてください

その主張をしてくれないと 答えようがありませんから

「心に入れぬ人」=心に「いれようとしない」 という 品詞分解ができていると
いうことですね

「いれようとしない」は動詞ですか・・・
 

関連過去ログ⑧

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時26分25秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  院政よ!
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)20時00分4秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

>開山前の大聖人の念仏僧であった師匠の墓前で 報恩抄 を読むように書かれている

>背景も大意も よめぬ 坊主どもとその一味に 日蓮大聖人の血脈などあるか!

阿呆!

背景と大意にのみに縛られてどうする!
ならば報恩抄は、道善房にのみ説かれた御抄と云う事であるか。
つまりは亡き道善房の墓前で日向が読めし報恩抄は、道善房のみに対しての御書と云う事であるか! ならば報恩抄に説かれし大事中の大事たる三大秘法なる法門は、亡き道善房にのみ知らしめる法門であると云うか!

ったく、一往も再往も理解出来ぬ愚か者めが!

お前は本当に莫迦であるな。 大丈夫か? …頭。

何? 小生を愚か者だと!?

莫迦者! 其れは貴様の事である!


>解釈など聞いていない?

>解釈の話してたんでしょう?

阿呆! 邪義破折班が、創価学会員への折伏を謗法と断じたか否かを問うて来たのである!

解釈など聞いていない、ではないだろう! 今に於いて無答を決め込むお主の古文解釈など聞いてはおらん! と申したのである!

ったく、お主こそ人様の言葉を都合よく切るものではないわ!


>おぬしらのように 坊主の解釈を鵜呑みにすれば

>全体がバカをみる よい証拠 じやろうが

碌すっぽ返答も出来ぬくせして、生意気な事を言うものではない!

ワシ?? 小笑 偉そうに云うな!

>(´m`)クスクス 泣きながら門前払いしてるようにみえるぞ

そーか。小笑。だがな、其れはお主の頓珍漢な頭が為せる妄想である。 しかし、門前払いは合っているぞ!

果たして、門が閉じられるのも、お主次第と云う事である。

ったく、お主を相手にしていると、こっちまで頭がおかしくなってくるぞ!

以後は言動に注意致せ!


Re: なんだ わかってるんじゃないですか
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月 9日(金)23時27分6秒
proxy275.docomo.ne.jp    引用

(笑)こんな恥ずかしい解釈を、よくもまあ、臆面もなく書き込めたものですね。

ケーンさん☆
はじめましてm(__)m

古語辞典、ちゃんと引いてごらんなさいませ♪


それともケーンさんの辞書は外国製なのかな?

間違いがわかったら、訂正文を書き込みましょう。

もし、わかんなかったら質問してくれていいですよ。


阿部日ケ~ン(院政) 58-70-5-139.eonet.ne.jp さんへ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)14時51分48秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

>> ※言葉を交わすにも交わせない獣、と解釈するが和歌を詠む意得であろうが
>
>
> 大正解です
> 「いは ぬ」 の
> そのニュアンスいいんです
> 否定形ではありませんね
>
>
>
>
> では 「仮に」 でけっこうです
>
> 「心に入れぬ人 には いはぬ 事にて」は
>
> 「心に入れぬ人 には 言えるにも言えない 事で」 になりますね
>
> 今度は同じように 「心に入れぬ人」 は 心に入れようとしない ではありません
>
>
> それならば 「心に入らぬ人」 になります
>
> これは撰時抄におなじ用法がありますね
>
> 「或は彼の経に著をなして法華経へ入らぬ人もあり」


 ケ~ンさん、見落とされたのでしょうか?
 それとも、古語辞典をお持ちではないのでしょうか?

 「心に入れぬ人にはいはぬ事にて」の解釈は「心に入れようとしない人には言わないこと」でいいのですよ。

 「心に入らぬ人」では、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます。

 生半可な知識をひけらかすのはやめましょうね。


おばかさんへ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)14時54分33秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

>>
>  ケ~ンさん、見落とされたのでしょうか?
>  それとも、古語辞典をお持ちではないのでしょうか?
>
>  「心に入れぬ人にはいはぬ事にて」の解釈は「心に入れようとしない人には言わないこと」でいいのですよ。
>
>  「心に入らぬ人」では、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます。
>
>  生半可な知識をひけらかすのはやめましょうね。



「れ」 と 「ら」 の助動詞は 意味が違います

混乱してませんか (´m`)クスクス


生半可な知識でぶり返すのはやめましょうね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月13日(火)14時56分48秒
218-251-42-102.eonet.ne.jp    引用

※譬えば母の子に病あると知れども当時の苦を悲んで左右なく灸を加へざるが如し、喜根菩薩は慈の故に当時の苦をばかへりみず後の楽を思いて強いて之を説き聞かしむ、譬えば父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚不退の菩薩名をしらず

 (唱法華題目抄)

※方便品等には機をかがみて此の経を説くべしと見え不軽品には謗ずとも唯強いて之を説くべしと見え侍り一経の前後水火の如し、然るを天台大師会して云く「本已に善有るは釈迦小を以て之を将護し本未だ善有らざるは不軽大を以て之を強毒す」文文の心は本と善根ありて今生の内に得解すべき者の為には直に法華経を説くべし、然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし、本と大の善根もなく今も法華経を信ずべからずなにとなくとも悪道に堕ちぬべき故に但押して法華経を説いて之を謗ぜしめて逆縁ともなせと会する文なり、此の釈の如きは末代には善無き者は多く善有る者は少し故に悪道に堕ちんこと疑い無し、同くは法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説いて謗縁を結ぶべき時節なる事諍い無き者をや

(唱法華題目抄)


ハイ これのどこが 邪義破折班のいう

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、

”信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります”

と合致しますか ?(@’ω’@)ん?



どこに日蓮大聖人が

”信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります”

と 誡めてるの?

悩乱した君たちにはわからないんだろうなぁ

麻帆広布や れいな はこの解釈を真に受けて

他の法華講員に 「創価学会に法をとくことは謗法です」と言わんばかりに
掲示板閉鎖や削除してるやんけ~

(_≧Д≦)ノ彡☆ばんばん


Re: おばかさんへ
投稿者:やすゆき
投稿日: 2月13日(火)14時58分35秒
cache2-2.jed.isu.net.sa    引用

> >>
> >  ケ~ンさん、見落とされたのでしょうか?
> >  それとも、古語辞典をお持ちではないのでしょうか?
> >
> >  「心に入れぬ人にはいはぬ事にて」の解釈は「心に入れようとしない人には言わないこと」でいいのですよ。
> >
> >  「心に入らぬ人」では、「心に入れようとしても入らない人」になってしまいます。
> >
> >  生半可な知識をひけらかすのはやめましょうね。
>
>
>
> 「れ」 と 「ら」 の助動詞は 意味が違います
>
> 混乱してませんか (´m`)クスクス


 (笑)「れ」「ら」を助動詞と思っていたんだ!!

 恥ずかしい人ですね(⌒▽⌒)
 

関連過去ログ⑦

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時24分49秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  院政よ!
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)17時50分45秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

>自分がきちんと答えないのに 返答に窮したもなにもないでしょう?

院政よ! しっかりと答えておろうが!

お主の目は一体どこに付いておるのか!

答えの一つも出せんくせして、生意気な事を云うものではない!

最後である! 先の詰問に答えるべし!


強制的に 邪着破折班の解釈を古文にすると
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)18時11分31秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

「法門と申すは心に入らぬ人にはいふべからず候。御心得候へ」

になりますが


大聖人の法門を下げまくってる日蓮正宗信徒へ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)18時38分31秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

> 最後である! 先の詰問に答えるべし!

とっくに答えてるのが見えませんか?
困ったものです

「心に入らぬ」「いわぬ」を間違えば まったく違った解釈です

そもそも 文意 というならば
報恩抄は
開山前の大聖人の師匠で 念仏を捨てきれなかった 道善房が亡くなったと大聖人が聞いた折に、「道善房の墓の前で読んでください(報恩抄送文)」と託され
「本当の恩返しは 正法を広めることだ と を説かれた 御書でしょうが」

なにが  「心に入れようとしないひとには法門をといてはいけない」 ですか

日蓮正宗信徒 および 邪着破折班!

金言を愚弄するのは いいかげんにしなさい!

ここにしっかと申しつける!(大月天さん風)


あ 訂正
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)18時45分53秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

邪着破折班
  ↓
邪義破折班     (’-’*)エヘ


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)18時46分58秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

だから! 小生はお主の古文解釈など聞いてはおらん!
邪義破折班が、創価学会員への折伏を謗法と断じたか否かを聞ているのである!

もうよい。
お主は答えに窮したのだ。
カルタ遊びもお終いである。

お主はな、終始一貫、邪義破折班の論説を、切り文で論じていたのである。

よいか! 聞け!

御隠尊猊下曰く『「日蓮一期の弘法」として「大御本尊」と「相承書も含めた御本仏の経文」以外に何が相伝されたのか、文証を出して説明させましょう』と(創価学会)が小生意気な言を弄しています。汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです。しかし、その浅識と思い上がりを破すため、敢えて一言すれば、日興上人より日目上人、そして歴代上人への付嘱は、総本山に厳護する譲座本尊および種々の文書に明らかです。さらに、あとのほうに出てくる彼等の愚論・愚推に対し、相伝の上からの破折を加えることも、正宗の僧俗の確信に資するため、やむをえないと思われます』と。

さて、上記御指南が、而強毒之の御金言に矛盾するかどうか。
加えて、日寛上人が仰せられた『これ相伝の法門なり。君に向かって説かず』にも矛盾するかどうか。当然に邪義破折班は、上記御隠尊猊下の御指南を踏襲したものである。

果たしてお主は、而強毒之の御金言に対して送状の御文を引き出し『矛盾である!』と口挟さんで来たのである。

ならば、お主こそが其の矛盾たる証し、つまり、邪義破折班にして創価学会への折伏は謗法であるとした証拠を、此に提示しなければならない。言って置くが『通解』の良し悪しの問題ではない。邪義破折班が而強毒之を否定したか否かなのである!

而してお主は、其れに対し答える事が出来なかったのである!
しかも、其の理由が何と、小生が答えていないからだと云う!

何が『いはぬ』であるか! 何が『入らぬ』であるか!

言い訳もここまで来ると誠に哀れである。

よいか! 何度でも云う!

今回の問題は通解の良し悪しの問題ではない!
邪義破折班が而強毒之の御金言を否定したか否かにあるのである! お主は其れについて文句を言って来たのである!

だから小生は、其の証拠を出せ! と申しているのである!
『いはぬ』の語訳ではないわ! 御文の真意を申しておる!


果たして、院政の小生に対する質問の魂胆は此に理解できた。最早、真摯に応対する者には匪ず、但、創価外道の害毒に染まった展示品として、当板に飾っていくのみである。


さて院政よ。

人様に質問して、其の回答を得て、そして其れに納得するは、決して恥ずかしい事ではない。其れよりも、当初から納得する気も無く、但、お主にして下らん理屈を並べる為に質問していると云うのであれば、其れこそ推して知るべしである。

院政よ。其れでは余りにさもしいではないか。

尚、今後、如何にお主が展示品であろうとも、其々の対論に於いて、あまりにふざけた問答などを繰り返すならば、小生は管理人として、お主の処置を検討せねばならん。果たして小生は、お主の投稿姿勢について、其の他の法華講員から醜悪である旨を以前から聞くも、こうして時には論戦しながら本日まで容認して来たものである。

しかし、但、質問のみを以って、其れらの反駁に答えないのであれば、其れは単なる荒らす意味に於いての質問という事にもなる。それであるならば、当板としては、投稿の遮断も検討せねばならんのである。

果たしてもし、其れが断行された場合、そこで初めてお主の人間性が問われるのである。さて、云っている意味が解せるか?

つまり、管理人から投稿を遮断されても、代理接続などの手段をとって、執拗に投稿して来るか否かという事である。

掲示板は云わば公板である。であるならばそこには規則がある。
勿論、そこには運営者の信条と主観がある。そして、それらの事に沿って投稿者が在るのであれば、それから外れた行為に及ぶ者、そして再三の警告に対して従わない者は、宗教の正邪以前の問題として、つまりは其の人間性の問題として、当板から追放されるのである。

そして、其の後に於いて、追放されし者が、己の姿も顧みず、追放された掲示板に、姑息にも投稿するという恥行に及ぶか否か、果たしてお主であるならば、其の分別などは理解出来るであろう。

よいか院政。小生は敢えてお主からのフェイクなるコピーを許しておる。本来はあの様なモノを貼り付けるのではなく、自身の言葉で述べるべきなのであるぞ。

果たしてお主の魂胆が、当板への荒らしを目的としているとは思いたくは無いが、これ以上、法華講員の投稿に食い付いては、駄問を一方的に繰り返し、剰え、返答の窮するに至って回答を誤魔化すなどは、其れこそ質疑の姿勢からして成っておらん!

つまりは、お主の質問などは、単なる『荒らし』と見なされると云う事である。

果たして法華講員から汚名を貰うは、お主からして嬉しかろうが、其の先には投稿の遮断がある事を、お主は心に置くべきである。

よいか、以後はあまり、はじゃくでないぞ。


よくみれば
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)18時49分57秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

(創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す 日蓮正宗宗務院発行 P157

愚弄解釈したのは
「日蓮正宗宗務院」 だった もっと愚かしいね
こんな坊主にくっついてても いいことないよ~


訂正 大聖人の法門を下げまくってる日蓮正宗信徒へ  投稿者:阿部日ケ~ン(院政)  投稿日: 2月 4日(日)18時54分56秒 58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用
   > > 最後である! 先の詰問に答えるべし!
>
>
> とっくに答えてるのが見えませんか?
>
> 困ったものです
>
> 「心に入らぬ」「いわぬ」を間違えば まったく違った解釈です
>
> そもそも 文意 というならば
>
> 報恩抄は
> 開山前の大聖人の師匠で 念仏を捨てきれなかった 道善房が亡くなったと
> 大聖人が聞いた折に、「道善房の墓の前で読んでください(報恩抄送文)」と
> 託され
>
> 「本当の恩返しは 正法を広めることだ と を説かれた 御書でしょうが」
>
>
> なにが  「心に入れようとしないひとには法門をといてはいけない」 ですか
>
>
> 日蓮正宗信徒 および 日蓮正宗宗務院!
>
> 金言を愚弄するのは いいかげんにしなさい!
>
> ここにしっかと申しつける!(大月天さん風)




解釈など聞いていない?

解釈の話してたんでしょう? 愚か者!

おぬしらのように 坊主の解釈を鵜呑みにすれば

全体がバカをみる よい証拠 じやろうが


ワシの質問は アラシ とみなす?

(´m`)クスクス 泣きながら門前払いしてるようにみえるぞ


おいおい 報恩抄送文 だぜ 論拠はよ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)19時02分39秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

間違いを肯定するために

場違いな御書だすなよ (〃^∇^)o_彡☆あははははっ

報恩抄送文は

いわば 邪宗である もと師匠の墓の前で 読んで上げてください
って託されてる御文だよ?

キリ文根性 ここに極まれり

退転して何年? 我慢に凝り固まった 姿だな


退転法華講員に告ぐ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)19時14分56秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

開山前の大聖人の念仏僧であった師匠の墓前で 報恩抄 を読むように書かれている

報恩抄送文の一文を

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、

<< 信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります >>

創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す 日蓮正宗宗務院発行 P157


と 背景も大意も よめぬ 坊主どもとその一味に 日蓮大聖人の 血脈など

あるか!


仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり

(諸経と法華経と難易の事)



宗門において「世間」であるあなた方 日蓮正宗信徒 が だれも御書解釈で

ワシごとき学会員の ぺーぺーに 破折されるような
間違いを埋め込んでおる

日蓮正宗宗務院の体は 曲がっておる と 認知せよ!
 

関連過去ログ⑥

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時22分51秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)16時52分1秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

いい加減に致せよ。

文法の確認がどうだと言うのだ?

『物いはぬ獣』と『人にはいはぬ事』

お主は、両方とも同じ『いはぬ』の意と思ってか。

>両方とも「名詞」にかかっていますけどね くすくすっ♪

阿呆! 誰が名詞にかかると断じたか! 小生は掛かる言葉と申したのである。つまり、其の文体の内容と其の対象に依って変化するを申したのである! 文法の正誤の問題ではない!
文章全体の解釈の問題である!

よいか! 『人にはいはぬ事』は何を以って『いはぬ事』であるか。それが御文からして『法門』であるならば、ここで云う『いはぬ事』とは『話すべきものではない』となるであろう。
爾るにお主は、其れを非とし、其れでは『言葉を言ってはいけない動物たち』になってしまう、などと云っているのである。

だから小生は、其の『物いはぬよもの獣』の意は、お主が訳したとおり『言葉を言ってはいけない動物たち』で間違いないのかと聞いたのである。

すると今度は何だ?

獣が意図的に言葉を交わさないのではない、交わせないだと?
莫迦者! 言葉を交わすにも交わせない獣、と解釈するが和歌を詠む意得であろうが。但、言わぬ、話せぬ、交わせないでは、あまりに詰まらん詠み方ではないか。

カルタ遊びをするならば、少しは情緒というものを身につけよ。

それでどうたなのだ? 小生が釈した処の『人にはいはぬ事』とは『人に話すべきものではない』の意であろう。それで正しいのであれば『邪義破折班の解釈のように「いはぬ」をいってはいけないということにすれば、言葉を言ってはいけない動物たちというふうになりますがいかがですか?』というお主の文句に始末をつけよ!

さて、今回のみ、お主の繰り出す駄問に付き合ったが、これでお終いである。

ところで何だ? 自分のいった言葉は 自分で説明する癖をつけよだと? 莫迦者! だからこうして述べておるのではないか! そして小生の折伏に於ける姿勢と其の論拠と、そして、邪義破折班に於ける解説が、決して創価学会への折伏を謗法と断じたものではない旨を、連日述べて来ているのではないか!

其れに対し、お主は小生からの質問には一向に答えようともせず、和歌の文法がどーのこーのと屁理屈張りを捏ねおって!

院政よ。あまり小生をからかうと承知せんぞ!

其れにしても、何でお主らはそうなのだ!? 果たして当板から追放された小学会員たちは、お主同様、最後になると必ず回答をはぐらかすのである! そして、一方的に駄問を繰り返し、其れに答えれば、又、其の答えをして駄問を繰り出すのである。
そして、終に基点となった問題などは、いつの間にか希釈されていくのである。

よいか院政!

これが最後である!

論点は解釈がどーのこーのではない!
応に論点こそは、邪義破折班が学会への折伏を全面的に謗法と断じたか否かにあるのである! 小生は其の事を示せ! と申しておる! 果たして全面的に謗法と断じた文言が有るのか!
それとも無いのか!

よいか! 『矛盾』と食って掛かったはお主である!

ならば其の証拠を出さねばならん!

果たして其れが出来ぬのであれば、而強毒之の御金言に対して『矛盾』と断じたお主の物言いは、其れ自体が誤りであり、お主の性根からして、単なるイチャモンと云う事になるのである。

誤魔化しは許さん! 小生の問いに答えよ!

尚、次に於いて、お主が無答であった場合は、お主が返答に窮したものと此に断ずる!


其れにしても、今までお主にどれだけの詰問をして来た事か。
そしてお主は、どれだけ無視を繰り返して来たか。

だから小生はお主に言う。

人様に質問する立場にはないと!

よいか! ピラニアの様な人間にはなるでないぞ!


Re: 古文の解釈を カルタ遊びと呼び散らかして(爆)
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)16時55分17秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp

上記
出典を記すのを忘れていました 徒然草です

おっと こんなことをいうと
「徒然草なんて 邪宗の坊主の書だ そんなものをこの掲示板に書き込むな!」

って 大月天さんに しかられるかな ┐( -”-)┌ヤレヤレ...


あのですねぇ・・
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)16時59分57秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用
   >
> 論点は解釈がどーのこーのではない!

最初から論点は

解釈が間違ってるから、大月天さんも麻畝広布=鶴太郎 も

まちがってこじつけてる って 言うことなんですが???

反論するだけ わびしいですよ

いっときますが こんなのは 中学校の古文 程度の 初歩的な 用法ですよ?


なんだ わかってるんじゃないですか
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)17時23分51秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

※言葉を交わすにも交わせない獣、と解釈するが和歌を詠む意得であろうが

大正解です
「いは ぬ」 の
そのニュアンスいいんです
否定形ではありませんね

では 「仮に」 でけっこうです

「心に入れぬ人 には いはぬ 事にて」は

「心に入れぬ人 には 言えるにも言えない 事で」 になりますね

今度は同じように 「心に入れぬ人」 は 心に入れようとしない ではありません

それならば 「心に入らぬ人」 になります

これは撰時抄におなじ用法がありますね

「或は彼の経に著をなして法華経へ入らぬ人もあり」


大月天さん 狼狽してませんか?
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)17時32分10秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

>
> 尚、次に於いて、お主が無答であった場合は、お主が返答に窮
> したものと此に断ずる!
>

自分がきちんと答えないのに 返答に窮したもなにもないでしょう?

反論できればいいんですか 法華講の破折は


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)17時43分57秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

話が全然、違う方向に行っておるぞ!

何だ! 『いはぬ』の次は『入らぬ』であるか!

お主、いい加減にせぃよ!

誰が『心に入れぬ人 には いはぬ 事にて』を「心に入れぬ人 には 言えるにも言えない 事で」と申したか!

曰く『親疎となく法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』

法門というものは、親しい人であっても疎遠な人であっても、とにかく信心のない人には、軽々しく話すべきものではない。
この事をよくよく心得ていきなさい

この何処がおかしいか!

よいか! 論点はそこではない!

今一度申す! 是れこそが最後である!

邪義破折班が学会への折伏を全面的に謗法と断じたか否かを此に答えよ! そして断じたというのであれば、其の証拠を此に提示致せ!

尚、これにて回答無き場合は、お主が答えに窮したものと此に断ずる!
 

関連過去ログ⑤

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時21分37秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 4日(日)14時56分43秒
133.net059086070.t-com.ne.jp    引用

お主! 何を薄らと呆けておるのだ!?

よいか! 小生は邪義破折班の解釈として、別段、法門をお主らに説く事自体を謗法と断じているのではなく、大事たる法門つまり付属の大事たる唯授一人血脈相承の御相伝等について、我ら凡下たる者が、お主ら不信謗法の輩に説き聞かせるなどは、其れこそ軽々な事であり、其れこそが摧尊入卑にして謗法となる事を此に解説しているのである。仍って、当然、説き聞かすべき法義については、大いに示すべきであると、小生は申しておる!

したがって、それでも尚、お主が頑迷なる性根に於いて、其れを不可とするのであれば、何度も言っている様に、邪義破折班が創価学会員への折伏は謗法であると断じた証拠を此に出せと言っておるのだ!

>邪義破折班と大月天さんのいうとおり
>(法門は)難解だから軽々しく言うべきではない とするならば麻帆広布さんの「アラシはゴミとして削除」のタイトルと合致しますね
>ではなにをもって末法で法門(法華経)を説くのですか?
>また 折伏とは 法門 を説かずしてなしえるものなのでしょうか?

お前さ、、小生の記述の何処に『法門を説かずに折伏せよ』などと書いてあるか!?

お主! 小生をからかっておるのか!?

小生の記述を今すぐ読み返せ!!


>また 法門 を説く ということに言及しているのになぜ 御義口伝が出てくるのですか?
>法華講の言う 甚深無量の 法門 とは 「唯授一人の相承」に 結論されているということですか?

送状に曰く『親疎となく法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
又曰く『又此の文(報恩抄)は随分大事の大事どもをかきて候ぞ。詮なからん人々に聞かせなば悪しかりぬべく候』と。

よいか院政。上記送状の御文中の『法門』とは、大事の大事たる法門、つまりは上記に於いては三大秘法の事であり、其れを突き詰めれば、応に其れこそは甚深たる法門を付属したる唯授一人血脈法水相承の大法なのである。

仍って『秘すべし秘すべし、唯授一人の相承なり。口外すべからず』なのである。

而して、先の報恩抄送文に於いては、別段、不信謗法の者共に対して折伏をしてはならない、という解釈には決してならないのである。小生が何度も何度も申している様に、不信の者に解き聞かすにしても其の法義の内容に依ると云う事なのである。

其れを何でお主は解からぬか!

だから、其の頓珍漢なお主の頭に対して、創価学会員に折伏をするなどは謗法である、と云う邪義破折班の証明文を此に示せと申しておる!

此に付随して申すならば『これ相伝の法門なり。君に向かって説かず』とした日寛上人が、何故に諸宗を破折したか。

応に此の質問の答えにこそ、邪義破折班が引用したる報恩抄送状の解釈が見えてくるのである。

其の事、お主は答えられるか?

答えられまいて。答えられないから、愚問を繰り返すのである。

>別のパターン
>●邪義破折班の引用は根本的に間違っています
>あの御書の部分は「法門は信解しようとしない者に言うことは謗法」という解釈そのものが古文解釈として間違っていると指摘しています。

…お主は論点をすり替えておる。

よいか! 当初の小生に対する物言い。

つまり、小生が折伏の姿勢として引用せし『とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし。信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』との御金言に対し、

>では 邪義破折班のいう
>「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。
       ↑
>これは どういう意味だということなのでしょうか

が抑もの原点である。つまり、お主が云う所の文句は、而強毒之の御金言と、邪義破折班の解説が矛盾している、という事にあったのである。したがって小生は、其の矛盾なきを、送状に於ける内容からして、軽々に説いてはならない法門も中にはあると示したのである。仍って、邪義破折班の解説にして、何も創価学会員に対して折伏する事が謗法であるなとどは断じていないと申したのである。そして、それでも不可とするのであれば、お主からして邪義破折班が、創価学会折伏不要論なる論説を如何に説いたか、其の全文をして証明せよと申しているのである。

其れが何だ!?

>邪義破折班の引用は根本的に間違っています
>あの御書の部分は「法門は信解しようとしない者に言うことは謗法」という解釈そのものが古文解釈として間違っていると指摘しています。

だと!? おい! 小生はお主の古文解釈など聞いてはおらん!
邪義破折班が、創価学会員への折伏を謗法と断じたか否かを聞ているのである!

其れに答えよ!

>◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ
>この場合の 物 とは 言葉の事です。
>四方のけだもの とは 動物の全般のことをさしています

>「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか?

お主さ、助動詞だ何だ古文解釈だなどとはしゃぐのもよいが、語尾の読点ぐらいしっかり付けろ!


院政よ!

質問を散らかす閑人よ! 今度はカルタ遊びであるか。

さて『物いはぬ』と『人にはいはぬ事』とは、果たして『いはぬ』が全てであるか。

さて、物とはお主からして言葉と解釈するならば『言葉を言わぬ獣』となるであろう。

さて、ならば『人にはいはぬ事』とは、つまり『人には話すべきものではない』となるであろう。

つまり掛かる言葉に依って『いはぬ』の意が変化しているのである。

しかしお主は、其の両方の『いはぬ』の意は、全く同じであると結論付けた。つまり、、

>邪義破折班の解釈のように 「いはぬ」 を いってはいけない ということにすれば
>言葉を言ってはいけない動物たち  というふうになりますが いかがですか?

と云う結論である。

果たして『人にはいはぬ事』の意味にして『物いはぬ四方の獣』の意を『言葉を言ってはいけない動物たち』と釈したお主の奇才?には頭が下がるが、其の解釈で間違いないか、今一度此に確認したい。果たして小生からすれば、邪義破折班の『人にはいはぬ事』に対する解釈は別に間違ってはいないと判ずるものである。其れは何故か。つまりは邪義破折班は報恩抄の送文を通解したのではなく、其の文意を以って論を展開したと云う事なのである。仍って、お主が言う処の『古文解釈として間違っていると指摘しています』などは、応に当ての外れた物言いなのである。

さて、お主の台詞を此に借りるぞ!

反論なさるなら丁寧に根拠を出して説明して納得させるべきではないですか?

以上、お答え下さい

尚、言って置くが『法門ぬきでどうやって折伏をするのですか』なる愚問は、今回で止めよ! 小生は法門抜きで折伏すべしなどとは申しておらん! 不信不解の者に敢えて難解な法義を説いても、其れが返って不信謗法になる事がある旨を述べているのである。何も一切の法義を説いては成らんなどと言っているのではない!

其の様な事は小生の記述に目を通せば判る事ではないか!

さて、今度こそはお主の番である。

邪義破折班が『学会員への折伏は相成らん』とした証拠を速やかに提示致せ!

何度も云うが、それら創価学会員折伏不要論なる証拠を、お主が此に提示すれば済む事なのである。

よいか! 論点は解釈がどーのこーのではない!
応に其の論点は、邪義破折班が学会への折伏を全面的に謗法と断じたか否かにあるのである! 小生は其の事を示せ! と申しておる! 果たして全面的に謗法と断じた文言が有るのか!
無いのか!

無ければ而強毒之の御金言に対して『矛盾』と断じたお主の物言いは、其れ自体が誤りであり、お主の性根からして、単なるイチャモンと云う事になるのである。

ごねてばかりでは始まらんぞ!


勝ち急ぐ法華講員さんですね 2回目
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)15時09分18秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

(引用省略)
自分のいった言葉は 自分で説明する癖をつけませうよ いいかげんに


大月天さん 恥ずかしいですよ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)15時15分52秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

>
> >◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや
>  親の子を思ふ
> >この場合の 物 とは 言葉の事です。
> >四方のけだもの とは 動物の全般のことをさしています
>
> >「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞で
> すか?
>
>
> さて『物いはぬ』と『人にはいはぬ事』とは、果たして『いは
> ぬ』が全てであるか。
>
> さて、物とはお主からして言葉と解釈するならば『言葉を言わ
> ぬ獣』となるであろう。

獣が意図的に言葉を交わさないのではなくで 「交わせない」のです(='m')くすくすっ♪

>さて、ならば『人にはいはぬ事』とは、つまり『人には話すべ
> きものではない』となるであろう。
>
> つまり掛かる言葉に依って『いはぬ』の意が変化しているので
> ある。

     ↑
それは どういう 用法に のっとっていますか?
両方とも「名詞」にかかっていますけどね (='m')くすくすっ♪


古文の解釈を カルタ遊びと呼び散らかして(爆)
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 4日(日)15時26分10秒
58-70-5-139.eonet.ne.jp    引用

強引に「いってはいけない」という誡め にしてしまう

いってはいけない という命令形は 「いふべからず」ですよ ハイ根拠をしめしましょう

世に従はむ人は、まづ機嫌を知るべし。ついで悪しきことは、人の耳にもさかひ、心にも違(たが)ひて、そのこと成らず。さやうの折節を心得べきなり。ただし、病をうけ、子産み、死ぬることのみ、機嫌をはからず。ついで悪しとて止(や)むことなし。生(しやう)・往・異・滅の移り変はるまことの大事は、たけき川のみなぎり流るるがごとし。しばしも滞らず、直ちに行ひゆくものなり。されば、真俗につけて

○○、必ず果たし遂げむと思はむことは、機嫌を  いふべからず。

とかくのもよひなく、足を踏みとどむまじきなり


(現代語訳)
世間に順応しようと思う人は、まずは時期を知らなくてはいけない。順序が悪いと、人の耳にも逆らい、気持ちにも背いて、しようとしたことがうまくいかない。そういう時期をわきまえるべきだ。ただし、病気になったり、子供を産んだり、死ぬことだけは、時期を考えることができない。時期が悪いからとて止まるものではない。万物が生じ、とどまり、変化し、なくなっていくという四相の移り変わりの大事は、勢いのある川が満ちあふれて流れていくようなものだ。少しの間も止まることなく、まっすぐに進んでいくものだ。だから、仏道修行においても日常生活においても、

○○必ず成し遂げようとすることは時期のよしあしを  言ってはいけない。

あれこれ準備などせず、足踏みしてとどまってはいけない
http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/ture2.htm
 

関連過去ログ④

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時18分34秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  御書をだしてください
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)19時28分7秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

法門 とは 法華経(末法においては南無妙法蓮華経)ではない という 根拠です

法門を 説かずして 折伏ができる という 御書でも結構ですよ

日蓮正宗では できるそうですからねぇぇぇ


院政よ!
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)19時56分41秒
176.net219117103.t-com.ne.jp    引用

小生を怒らすでないぞ。

よいか! 邪義破折班が『学会員を折伏してはならん』と言ったかどうかを聞いておる!

其の聞く根拠は、お主の『学会員に法門を説くなと いう意味での戒めで引用しておられると思いましたし』という返答にある!

だから、其の様に思った根拠を、切り文でなく、破折班が解釈したる全文を以って論証せよ! と申しておる!


>法門 を とかないで 折伏 になるのですか?

お主、誰が其の様に云ったか!

大事たる法門、つまりは唯授一人血脈相承に於いて、それら甚深たる法門を、我ら凡夫が知り顔をして、不信の輩に語るものではないと申しておる! そういう意味での法門である!

つまりは、我等が領解する教義に於いて、其れ等をお主ら邪輩に説き聞かせる事などは、其れこそ大いにするべきである!

>法門を 説かずして 折伏ができる という 御書でも結構ですよ

ったく、屁理屈を云いおって!

日寛上人曰く『答う、これ相伝の法門なり。君に向かって説かず』

さて、此の御文をして、日寛上人は折伏行をも否定されたと思うてか!

此に言って置くが、お主の煙幕が如き質問の散らかしには付き合う気などはない!

此に今一度云う!

邪義破折班が『学会員への折伏は相成らん』した証拠を速やかに提示致せ!


院政よ!
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)21時15分30秒
176.net219117103.t-com.ne.jp    引用

どうしたのだ?

小生には時間がない。

仍って此に申し加える。

御義口伝に曰く『秘すべし秘すべし、唯授一人の相承なり。口外すべからず』

よいか院政よ。

大聖人の仏法は、其れこそが甚深たる御法門である。仍って、不信の者、不解の者に難解な法義を説けば、其れこそ逆に不信不解を増幅させてしまうのである。まして、其れが大事中の大事たる唯授一人血脈相承に及ぶなどは、其れこそ御義口伝に記されているが如く、軽々に語っては相成らんと云う事なのである。しかし、だからと言って折伏を止めよとは決して成らないのである。

しかしお主は、邪義破折班の解釈をして『学会員に法門を説くなという意味での戒めで引用しておられると思いました』と言ったのであるから、小生は、其れは思い違いであると申したのである。しかし、其れをして思い違いでないと言い張るのであれば、邪義破折班の解釈に関して、切り文ではなく、其の全文を以って『学会員への折伏は相成らん』した証拠を速やかに提示せねばならんのである。

早く致せ!

小生はお主と違い、昼夜に於いて忙しい。

本日も、あと30分足らずで外出せねばならん。

よいか! 質問の散らかしは不要であるぞ!

日蓮正宗をして創価学会員折伏不要論なる証拠を、お主が此に提示すれば済む事である。

早く致せ!


勝ち急ぐ法華講員さんですね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)23時53分8秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

>どうしたのだ?
>小生には時間がない

こちらも日々結集、家庭訪問に忙しいのですがね

まぁ 法華講さんは自分の都合ばかり主張する人が多いのは現実でも同じですね

※不信の者、不解の者に難解な法義を説けば、其れこそ逆に不信不解を増幅させてしまうのである

  ↑
それは大月天さんの判断でしょう?
法門の難しいことを言っても逃げられる。

法門の「難しい」ことを言うから逃げられるのです。
最後は信解できないのは、馬鹿だからとかアホだとか言う人が実に多い。

※邪義破折班の解釈に関して、切り文ではなく、其の全文を以って『学会員への折伏は相成らん』した証拠を速やかに提示せねばならんのである。

邪義破折班のいう「誡め」をもって 麻帆広布が
※ 荒らしはゴミとして削除 投稿者:HP執行部 投稿日: 1月15日(月)10時56分29秒 softbank219197060097.bbtec.net   引用  編集済

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋(ころう)な創価学会の信心は、それほど汚れているのです。」
(創価学会の仏法破壊の邪難を粉砕す 日蓮正宗宗務院発行 P157

  ↑
ようするに相手が理解しないから削除 と投げ捨てたわけです

ワシはいつでもどうやったら法華講さんに気がついてもらえるか?
を基本的に考えます。
よくいる 反論すりゃ良いと思ってる馬鹿頭(法華講員談) などと 自分の技量のなさを蔑むことで誤魔化す 我慢 の人間ではありません。

だから、 二通りの考え方を示していますが わからないでしょうかね?

● 邪義破折班と大月天さんのいうとおり

(法門は)難解だから軽々しく言うべきではない とするならば
麻帆広布さんの「アラシはゴミとして削除」のタイトルと合致しますね

では
なにをもって末法で法門(法華経)を説くのですか?
また 折伏とは 法門 を説かずしてなしえるものなのでしょうか?

該当する御書を示して説明をしてください。

法門 を とかないで 折伏 になるのですか?

元より末法の世には無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず但強いて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり、其の故は釈迦仏昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給いしには男女尼法師がおしなべて用ひざりき、或は罵られ毀られ或は打れ追はれ一しなならず、或は怨まれ嫉まれ給いしかども少しもこりもなくして強いて法華経を説き給いし故に今の釈迦仏となり給いしなり、(法華初心成仏抄)


という金言が矛盾しますね

また 法門 を説く ということに言及しているのになぜ 御義口伝が出てくるのですか?

法華講の言う 甚深無量の 法門 とは 「唯授一人の相承」 に 結論されている

ということですか?

別のパターン
● 邪義破折班の引用は根本的に間違っています

あの御書の部分は「法門は信解しようとしない者に言うことは謗法」という解釈そのものが古文解釈として間違っている と指摘しています。

それは、この文章を現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。
四方のけだもの とは 動物の全般のことをさしています

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか?

邪義破折班の解釈のように 「いはぬ」 を いってはいけない ということにすれば


言葉を言ってはいけない動物たち  というふうになりますが いかがですか?

反論なさるなら

丁寧に根拠を出して説明して納得させるべきではないですか?


以上 二パターンを お答え下さい

早く致せ(大月天さん風)


三度目です

邪義破折班や大月天さんは 法門 ぬきで どうやって 折伏をするのですか


速やかに提示を致せ(大月天さん風)
 

関連過去ログ③

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時14分58秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  大月天さん 恥ずかしいですよ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)18時33分58秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

> ならば其れはお主の思い違いである!

じゃ あの古文を 現代語訳してみてくださいませ(笑)

> >※法門を、軽々に語っては成らないと云う 事なのである
> 切り文するでない!
> 『大事中の大事』たる法門を、軽々に語っては成らないと云う
> 事である!
>
> >法門を軽々に語る とは どういう事をさすのでしょう?
>
> ったく、『大事中の大事』の文を切り捨てて、業とらしい質問
> をするものよ。其の事は既に答えておろうが!
>

甚深の法門とは 相承 や だと?

苦しいですね

相承が理解できなければ 語れない ってことになりますね

何度もいいますが

日蓮正宗の邪義破折班の 引用が まちがっています

理由はのべました

古文の用法を 現代語用法で 当てはめるから おかしくなるのです

さぁ 間違ってもいいですから 現代語訳してみてくださいませ


つまり こうですか?
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)18時37分12秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

相承が理解できない人には 法華経の法門をといてはいけない

じゃ そのあとの 御金言との整合性を 述べてみてください

ようするに こうですよね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)18時40分3秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

相承とか 血脈のことを軽々しくかたってはいけない
  ↑
オドロキですね

日蓮正宗の 法門 っていうのは やっぱり 一人血脈 と 相承の儀式 ですか

まずは 解釈して 間違いだと論じてください
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)18時44分44秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

勘違いだ とする根拠を示せる 古文を出してみてくださいよ

いまのままでは 邪義破折班 も 大月天さんも大恥ですよ

これを現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか ?


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)18時52分20秒
176.net219117103.t-com.ne.jp    引用

>何度もいいますが

>日蓮正宗の邪義破折班の 引用が まちがっています

>理由はのべました

はぁ? 何処に其の理由が記してあるか?

学会員を折伏してはいけない、という解釈をしての結論であるか?

ったく、次から次と質問を散らかしおって!

だから、邪義破折班が、創価学会員を折伏してはいけないと言ったのかどうか。切り文ではなく、其れに関する全文を以って論証せよと申しておる!

はやく致せ!


ここに其の理由が記してあるのでが?
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)18時56分28秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

勘違いだ とする根拠を示せる 古文を出してみてくださいよ

いまのままでは 邪義破折班 も 大月天さんも大恥ですよ

これを現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか ?

だいたいでいいですよ この場合の解釈なんて なにを 恐れおののいてるのですか

真っ正面から 答えてくださいよ


慌てませんので ゆっくりどうぞ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)19時05分0秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

結構丁寧に示しておるのですが これすらも答えていただけないとは・・

ただし 理由もなく「おまえは間違いだ!」 を 連呼なされると 奈良の迷惑おばちゃんみたいに見えます

ささ メールやチャットで誰かに聞いてもかまいませんよ

 これを現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか?


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)19時11分47秒
176.net219117103.t-com.ne.jp    引用

お主、逃げておるな!

よいか、今一度申す!

お主が云う処の『学会員に法門を説くなと いう意味での戒めで引用しておられると思いましたし、事実それ以降法華講員がヒヤカシしかしていませんので』が抑もの発端である!

だから、其の邪義破折班が云う処の『学会員に法門を説くな』という解釈が、まこと創価学会員に対して折伏してはならんという事であるか否か!

切り文ではなく、其れに関する全文を以って論証せよと申しておる!

お主は、其の論拠として、他の法華講員の言動をして、其れを証しとしたのである。

其の様な事では論証にならん!

先ず以って、邪義破折班が『学会員を折伏してはいけない』という解釈をしたか否かの一点である!

はやく致せ!


古文と現代語の用法の違い
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)19時18分28秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

たとえば

おもしろ(い) は 現代語では  楽しい とか 興味をそそる とかになりますが


          古文では  気分がはればれとするようだ とか 風流だ  になります

初歩的なことで 申し訳ありませんが

御書も現代文のように読めるところと、古文の用法を知っておかなければならないところがあるのはご存じですよね?

どこぞの法華講員さんのように 何が何でもバカに したりしませんよ。

恐れずに答えてください。


三度までですよ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)19時19分54秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

何度も言わせないでください

学会員に 問いてはいけない 法門 の 内容を 示してください


意味解ってますか? 大月天さん
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)19時23分15秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

法門 を とかないで 折伏 になるのですか?

元より末法の世には無智の人に機に叶ひ叶はざるを顧みず但強いて法華経の五字の名号を説いて持たすべきなり、其の故は釈迦仏昔不軽菩薩と云はれて法華経を弘め給いしには男女尼法師がおしなべて用ひざりき、或は罵られ毀られ或は打れ追はれ一しなならず、或は怨まれ嫉まれ給いしかども少しもこりもなくして強いて法華経を説き給いし故に今の釈迦仏となり給いしなり、(法華初心成仏抄)

という金言が矛盾しますね

簡単でしょう?

法門 と 法華経 は 別ですか ?
 

関連過去ログ②

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時12分8秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)16時07分24秒
211.net219117101.t-com.ne.jp    引用

先ほど戻ったぞ。

読み返せば、即日に於いて返答しておるな。

其れにしても、小生が留守の間に、其れは其れは多数なる御投稿、当板管理人として嬉しい限りである。

又、其の間に於いて、警告対象となる投稿が為されていない事、是れも又、満足するものである。


さて、お主とのやり取りに話を戻そう。

△大聖人曰く『とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし。信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』と。

>では 邪義破折班のいう
>「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。
       ↑
>これは どういう意味だということなのでしょうか

△矛盾していると言うか? それとも説き聞かす法門の内容によると解した上での問いであるか?
△其れをお主から聞かねば、答えも的を得ないであろう。

>矛盾していますね という意味でお聞きしました

△そうか。お主は日蓮大聖人が矛盾した御金言を述べられていると判じたか。

>なんですか このミスリードは_(_△_)ノ彡

>そもそもワシはこの邪着(ママ)破折班の解釈を「間違った引用」として紹介いたしましたが・・・

…何だ? 間違った引用として紹介した、だと?

お主はこう申したのだぞ。

『矛盾していますね という意味でお聞きしました』と。

だから小生は、其の『矛盾していますね』というお主の物言い、つまり、而強毒之の御金言に対して、お主が引用した邪義破折班の報恩抄送文の内容からして、其れはあくまで相伝の法門について、親疎となく軽々に不信の者には聞かせてはならない、と云う意味であって、而強毒之に相反するものではない、と云う事を申したのである。

だから小生は、其の回答する初手に於いて『矛盾していると言うか? それとも説き聞かす法門の内容によると解した上での問いであるか?』と、お主に確認したのである。

そして其れに対するお主からの返答が『矛盾していますねという意味でお聞きしました』と云うのであるから、お主が引用した邪義破折班の報恩抄送文の御金言も、小生が記した而強毒之の御金言も、其の慈折の精神に於いて、何の矛盾もないと結論したのである。

つまりは、元々矛盾しない大聖人の御金言に対して、元々全文の解釈からして其れも矛盾しない邪義破折班の解釈に「矛盾している」とお主が吐いたが故に、小生は敢えて『大聖人の御金言に矛盾があると判じたか』と申したのである。

>なんですか このミスリードは_(_△_)ノ彡

ったく、読みの浅い奴め!

そして今度は何か!

>あくまで邪着破折班の解釈が 学会員に法を説くことは謗法であるかのように書き込まれているのを指摘したまでです

などと…。お主こそが小生の文体を全く解していないと云う事ではないか!

では何か? 小生が引用した『とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし。信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』との御金言に於いて、御文中の『信ぜん者・謗ぜん者』は、お主ら創価学会員の事と自ら認識した上で『「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ」のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります』との破折班の解釈が矛盾しているとでも言うのか。

よいか! 本より我らからして、お主らの団体もそして会員たるお主も、なべて謗法不信の者なのである。又、お主らからすれば其の逆なのであろう。つまりは其の様な事は相互の認識に於いて判りきった事なのである。だからこその創価破邪顕正館であり、其れをして互いに投稿しているのである。

其れを何だ!

『あくまで邪着破折班の解釈が 学会員に法を説くことは謗法であるかのように書き込まれているのを指摘したまでです』などと!

其の様な戯言を云うお主こそが、全く小生の論を理解しておらんのだ!

よいか! お主が引用せし邪義破折班の解釈を今一度、範囲を広げて言うぞ!

つまり『汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです』となるのである。

つまり、お主ら不信の者に大法の相伝などの大事を、其れこそ軽々に語る事について〝謗法〟と申されているのである。

つまり、不信謗法の者に法門を解き聞かすに於いては、甚深たる御相伝、つまりは唯授一人血脈相承(報恩抄送状に於いては三大秘法)なる御相伝を、其れこそ判って貰おうなどと、軽々に語るものではない、と云う事なのである。云うに其れこそが摧尊入卑であり、法を下げる基となるのである。

何度でも云うが、そういう意味での『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』なのである。

ったく、其れを「あくまで邪着破折班の解釈が 学会員に法を説くことは謗法であるかのように書き込まれているのを指摘したまでです』などとイチャモンなどを付けおって!

よいか! 説き聞かす内容に依るのである!
但、其れだけである! したがって、お主ら学会員に折伏するも説教するも、全く謗法には成らんのである!!

第一、お主ら富士門の残り滓(かす)を破折するに、其れを謗法と云うならば、本より此の掲示板は存在しないし、御宗門からして創価破折の号令など掛かる訳がないのである!

つまりは、お主の質問は質問に匪ず! 単なるイチャモンと云う事なのである!

よいか! 再度此に申すぞ!

送文に曰く『親疎となく法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』と。

此で云う『親疎となく』が重要なのである。そして『三大秘法を説かれた報恩抄の送文』である事が重要なのである。

つまりは、其の意味に於いて、親しい者にも疎遠の者にも、まして不信謗法たる者に於ても、それら三大秘法の法門、つまり『大事中の大事』たる法門を、軽々に語っては成らないと云う事なのである。

仍って送文に曰く『又此の文(報恩抄)は随分大事の大事どもをかきて候ぞ。詮なからん人々に聞かせなば悪しかりぬべく候』と。

つまり、大事たる相伝を、詮無き者に対して軽々に聞かせてはならん、という事なのである。つまり其の事をして『謗法』であると御指南されたのである。

したがって、而強毒之の御金言も、邪義破折班の解釈も、其々に於いて何の矛盾も無いのである。


>それでは
>大月天さんの解釈でもこの引用は矛盾していると認められたわけでしょうか(笑)

ったく、何処からこんな解釈が出て来るのだ!?

おいおい、笑っている場合ではないぞ!

院政よ。果たして、其れらの事して今でも破折班からの切り文をして矛盾と断ずるか。さに匪ず、小生の論をして矛盾無きを納得したか。其の何れかを答えよ。そしてもし矛盾と断ずるのであれば、今度はお主こそが論証してみせよ。

言って置くが、言葉尻を捉えて屁理屈を述べるなどは許さんぞ!


おかえりなさい 大月天さん
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)16時34分39秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

> つまりは、其の意味に於いて、親しい者にも疎遠の者にも、ま
> して不信謗法たる者に於ても、それら三大秘法の法門、つまり
> 『大事中の大事』たる法門を、軽々に語っては成らないと云う
> 事なのである
 ↑
失礼ですが言葉に酔っておられませんか?

※法門を、軽々に語っては成らないと云う 事なのである

法門を軽々に語る とは どういう事をさすのでしょう?

また

ワシはとあるサイト
そう ここの設置者である 麻畝広布 さんや「学会員に法門を説くな」と いう意味での戒めで引用しておられると思いましたし、事実それ以降法華講員が ヒヤカシ しかしていませんので是非詳しくお答え願いたいですね


はい 古文の解釈としてもおかしいですね
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)16時44分59秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

※『「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ」のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります』との破折班の解釈が矛盾しているとでも言うのか。


@報恩抄送文 の一文ですわい

実際には
「親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、御本尊図して進候此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後正法よりも像法像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし、」

つまり
親しい疎いは関係なく「法門」というのは、信心をしていない人が言えることではないのです

と言う意味ではないのかのぅ?

例文

「増鏡」にもこういう下りがありますわい

「宮の御母君をば誰(たれ)とか申す」と人の問ひ聞ゆれば、「いはぬ事」とのみぞいらへさせ給ひける。

現代語訳
「宮様のお母様は誰なのですか」と人が尋ねてみると「いえない事です」とだけおっしゃられた


だからよく読んでくださいね

日蓮大聖人は
「強いて法を説け」とおっしゃってるのに「信じない人には言っちゃいけない」といってると解釈するほうがおかしいのです

解りますでしょうか?

御書は変わりませんが、破折班の古文解析能力が間違っているのです

「心にいれぬ人」は 現代読みで読むとおかしいでしょう?


なんでワシが古文の勉強をおしえなきゃいけないのかな
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 2月 3日(土)16時59分9秒
218-251-9-243.eonet.ne.jp    引用

これを現代語訳してみてください

◎物いはぬ よものけだもの すらだにも あはれなるかなや 親の子を思ふ

この場合の 物 とは 言葉の事です。

「いはぬ」 は いってはいけない という 否定の助動詞ですか


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 2月 3日(土)17時06分4秒
211.net219117101.t-com.ne.jp    引用

>ワシはとあるサイト
>そう ここの設置者である 麻畝広布 さんや「学会員に法門を説くな」と いう意味での戒めで引用しておられると思いましたし、事実それ以降法華講員が ヒヤカシしかしていませんので


何だ。つまりは、其々の法華講員の投稿からして矛盾と判断したと云うのか!?

>「学会員に法門を説くな」と いう意味での戒めで引用しておられると思いましたし、事実それ以降法華講員が ヒヤカシしかしていませんので

…思いましたし?

ならば其れはお主の思い違いである!

第一、ヒヤカシなどは、相手によるのである!


>※法門を、軽々に語っては成らないと云う 事なのである

切り文するでない!

『大事中の大事』たる法門を、軽々に語っては成らないと云う事である!

>法門を軽々に語る とは どういう事をさすのでしょう?

ったく、『大事中の大事』の文を切り捨てて、業とらしい質問をするものよ。其の事は既に答えておろうが!


よいか! 再度詰問するぞ!

お主が矛盾と断じた破折班の解釈は、正統・富士門流秘伝の法門たるを、邪信の者に軽々と語っては成らん、と云う意味での解釈である! 仍って学会員に対して一切の折伏を禁ずべしと言っているのではないのである!!

さて院政よ! それでも破折班の解釈は矛盾するか!
それとも矛盾でない旨を理解するか!

何れかに答えよ!
 

関連過去ログ①

 投稿者:管理人  投稿日:2007年 2月16日(金)11時08分54秒 d57.FosakaFL1.vectant.ne.jp
返信・引用
  とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 1月29日(月)01時59分42秒
58-70-38-69.eonet.ne.jp    引用
   では 邪義破折班のいう

「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』
(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。



   ↑
これは どういう意味だということなのでしょうか



院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 1月29日(月)18時22分31秒
83.net219117072.t-com.ne.jp    引用

   小生が引用せし御金言への問いであるか。

此で小生がお主の問いに答える。すると、お主以外の者共が蟻の様に集って来る。そして、其れらの者共を相手している内に、肝心のお主はいつの間にか居なくなっているのである。

よいか。質問して相手が答えて、其れがお主にして理が適ったのであれば、領解した、納得したぐらいの返事は致せ。

お主の悪い癖は、但質問を散らかす事である。加えて小生からの詰問に終始惚ける事である。一体今まで、どれだけの詰問をお主にして来た事か。

ったく、其の様な事からすれば、お主などは本来質問など出来る立場ではないのであるぞ。

大聖人曰く『とてもかくても法華経を強ひて説ききかすべし。
信ぜん人は仏になるべし。謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり』と。

>では 邪義破折班のいう
>「『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』(御書1037ページ)のお誡(いまし)めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。
       ↑
>これは どういう意味だということなのでしょうか

矛盾していると言うか? それとも説き聞かす法門の内容によると解した上での問いであるか?

其れをお主から聞かねば、答えも的を得ないであろう。

回答というものは、相手の質問の趣旨によって変わるものである。どちらかを申してみよ。


Re: 院政よ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 1月29日(月)23時54分24秒
218-228-177-130.eonet.ne.jp    引用

法論の立場なんてどうでもいいことでしょう?
オカシナ事をおっしゃいますねいまさら

聞ける立場ってどういうふうなのをいうのでしょうね。

ま 管理人殿の愚癡はさておき


※ 矛盾していると言うか? それとも説き聞かす法門の内容によ
ると解した上での問いであるか?


矛盾していますね という意味でお聞きしました
また
解き明かす法門の内容による というのはどういう意味合いなのでしょう

邪義破折班の代弁とまではいいませんが
大月天さんの解釈を拝聴したいとおもいますね


院政よ
投稿者:管理人
投稿日: 1月30日(火)04時26分52秒
127.net219117105.t-com.ne.jp    引用

先ほど帰宅し、お主からの文言を今見ているところである。
しかし何故、此の様な時間に記述するかは、読み終えた時点で判るであろう。


>法論の立場なんてどうでもいいことでしょう?
>オカシナ事をおっしゃいますねいまさら

どうでもいい立場をしてお主は質問しておるのか!
つまりは『どうでもいい質問』と云う事であるか!

オカシナ事を言っているのは応にお主の方である!

>聞ける立場ってどういうふうなのをいうのでしょうね。

相手からの質問にも、しっかりと答える者が得る立場の事をいうのである。

>ま 管理人殿の愚癡はさておき

愚癡ではないであろう。其の様な分別もお主には出来んのか。

△矛盾していると言うか? それとも説き聞かす法門の内容によると解した上での問いであるか?

>矛盾していますね という意味でお聞きしました

そうか。お主は日蓮大聖人が矛盾した御金言を述べられていると判じたか。其の事、お主は決して忘れるでないぞ!

曰く『「法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ」のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります』

よいか院政よ。此の上記の見解に於いては、御隠尊猊下の御指南が前後に於いて加えられるのである。

つまり『汝ら謗法者に大法の相伝を説明する必要もなく、大聖人様の仰せの『法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』のお誡めよりしても、信解しようとしない者に言うことは謗法となるのであります。いかに教誡を加えても心に入れようとしない頑迷固陋な創価学会の信心は、それほど汚れているのです』となるのである。

つまりは、お主ら不信の者に大法の相伝などの大事を、其れこそ軽々に語る事について〝謗法〟と申されているのである。

つまりは、決して矛盾などではなく、不信の者に解き聞かす法義の内容に依ると云う事なのである。

抑も上記御文は、報恩抄の送文に記された御金言である。
存知の如く、報恩抄に於いては大事中の大事たる三大秘法が明かされているのである。仍って送文に於いて『親疎となく法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ、御心得候へ』と記されているのである。

よいか。『親疎となく』が重要なのである。そして『三大秘法を説かれた報恩抄の送文』である事が重要なのである。

つまりは、其の意味に於いて、親しい者にも疎遠の者にも、まして不信謗法たる者に於ても、それら三大秘法の法門、つまり『大事中の大事』たる法門を、軽々に語っては成らないと云う事なのである。

仍って送文に曰く『又此の文(報恩抄)は随分大事の大事どもをかきて候ぞ。詮なからん人々に聞かせなば悪しかりぬべく候』と。

つまり、大事たる相伝を、詮無き者に対して軽々に聞かせてはならん、という事なのである。つまり其の事をして『謗法』であると御指南されたのである。

果たして、其れらの事して何故矛盾であるか。今度はお主こそが論証してみせよ。

返せば『念仏は間違っておる! 今こそ法華経に帰依せよ!』
加えて『お前ら創価は外道である! 早く富士門に回帰せよ!』

などは、何度言っても構わんのである。第一、頑として聞き入れぬ者に、愈々聞かしめんとされたは、其れこそ日蓮大聖人ではなかったか! 果たして折伏が難事たるは、聞く耳持たぬ者への破折だからである。

よいか。而強毒之の御金言も、報恩抄送文の御金言も、加えて御宗門の解釈も、其々に於いて何の矛盾も無いのである。

一方を読み、一方を読まぬ偏頗な教学では、其れこそ文奥の深意など読み取れないのであるぞ。


再度申す!

果たして、お主は上記の事をして何故に矛盾と断じたか。

今度はお主こそが論証してみせよ。

尚、小生は本日より出張の由。戻るは4、5日後の予定である。

しかし、小生が居なくとも、本日中には回答致せ。

お主からして『矛盾』と即答したのであるから、本日中の回答など造作も無い事であろう。

日寛上人曰く『答う、これ相伝の法門なり。君に向かって説かず』

一考致せ。


Re: 院政よ
投稿者:阿部日ケ~ン(院政)
投稿日: 1月30日(火)10時55分39秒
58-70-70-220.eonet.ne.jp    引用

大月天さんともあろうおかたが


※そうか。お主は日蓮大聖人が矛盾した御金言を述べられている
   と判じたか。


    ↑

なんですか このミスリードは_(_△_)ノ彡

そもそもワシはこの邪着破折班の解釈を「間違った引用」として紹介いたしましたが・・・

その投稿をお読みでなかったでしょうか

あくまで邪着破折班の解釈が 学会員に法を説くことは謗法 であるかのように書き込まれているのを指摘したまでです

それでは
大月天さんの解釈でもこの引用は矛盾していると認められたわけでしょうか(笑)
 

レンタル掲示板
/1